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戦国BASARAの二次創作文。 政宗、幸村、佐助、元親、元就が中心。 日々くだらない会話をしてます。
Posted by - 2025.02.02,Sun
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Posted by 今元絢 - 2009.07.21,Tue
アンケート2位、真田主従分、鬱展(?)仕様。

・中盤、後ろ向き。
・主従に夢見すぎ。
・そして長い。

少々女々しい忍者もお許しいただける方は
読んでやってくださいませ。

「それでは、討死した者をご報告いたします。
 本郷弥平、橘与七、木島平助……」
止まることなく、つらつらと挙げられていく、名。
負う者等は既に無く、意味を持たぬ記号となり果てた名が、
拠り所を無くして虚空を流れていく。
一つ、二つと指を折り、数を、数えた。
全ての名が挙がった後、少し目を閉じてから、呟く。
「六名、か……」
それが、此度の戦に赴いた忍隊の中で、生き延びた者の人数。
完膚無きまでの負け戦において、損害をこれだけに押さえたのは
見上げたことだと誰かが言っていた。
己が身を挺して将兵を逃がした忍等は、武門にも劣らぬ者だと、誰かが称えていた。
誉められて、礼を言った。次は必ずや勝利を収めましょうと、言った。
敗北によって流れた空気が、これ以上澱まぬように。
強く、在り続けるために。

――数日がたった。

「佐~助!」
部屋を覗くと、そこに在るべき姿が無かった。
中央に敷かれていた布団もなく、殺風景な光景が広がっている。
首をかしげ、くるうりと部屋を見渡した。
「何してんの?」
背後でした声に、首を思い切りそらせて、逆さまに後ろを見る。
期待した姿は、果たして其処にあった。
「おぉ!いたか!」
「いたかじゃなくて、何こんな所で反り返ってんの?今日のお仕事は?」
「うむ。もう終わった。」
顔を戻し、いそいそと腰を下ろす。視線で促すと、小さく溜息を付き、忍はそれに従った。
「佐助は?もう起きても大丈夫なのか?」
忍は少し沈黙してから、静かに頷いた。
「………うん。傷口が狭かったから、ある程度塞がった。」
その言葉に、思わず安堵の溜息が漏れた。
帰ってきた時の、あの、澱んだ紅に塗れたその姿が、今も目に焼き付いている。
傷を負って帰ることは珍しくなかったし、心配するなと諭されるのも、毎度のことだ。
だが、あの時の、あの顔が、頭から離れなかった。
「………ありがとね。」
聞こえるか否かという小さな声がした。何とも耳に心地よく、其方を向いて笑んでみせる。
「でも……御免。戦場のお供をするには、もうちょっと時間掛かりそう。」
「気にするな。ゆっくり養生しろ。そうでなくとも、お前には世話を掛けておるしな。」
「ホントだよ。つくづくそうだよ。」
「……其処は嘘でも、そんなこと無いと言う所ではないのか……。」
忍は、くすりと笑った。
「まぁ良い。元よりそのつもりで来たのだからな。」
「そのつもり……って、何のつもり?」
いそいそと支度を始める自分を見て、忍は怪訝な顔をする。
あらかじめ廊下に持ってきておいた座布団を、二枚重ねて置いた。
忍の方を向き、座布団をぱしぱしと叩く。
「早う此処へ座れ。」
「…………はい?」
「座れと言って居るのだ。」
「何が始まるわけ?……大体其処、上座じゃん。俺が座るわけには……」
「いいから座れ!」
「ぐぇっ……」
襟首を掴んで、殆ど引き倒すように座らせる。
観念して座り直すのを確認してから、腕組みをして見下ろした。
「お前は今日一日、此処を動くことは許さぬ。」
「……何?何の拷問?」
「何もしなくて良い、ということだ。」
腰を下ろし、にんまり笑って、呆けているその顔を見上げる。
「欲しい物があったら何でも俺に言え。俺が全て叶えてやる。
 お前はそこで、力の限り養生しろ。」
「いやあの……旦那……?」
何か言いたげにしているのを捨て置き、拳を付いて立ち上がった。
開け放しの障子から、日の光が煌々と差し込んで心地よい。
何やらどんよりとした視線を背中に感じるが、気付かないふりをした。
「お前は俺が風邪を引けば、布団で簀巻きにして身動き一つ取らせぬくせに、
 自分は手負いになろうと風邪を引こうと、すぐに動き回って働き出す。
 今度ばかりは、そうは問屋が卸さぬぞ。動いてはならぬ、これは命令だ。」
「め……命令って……。あのね、もうこれ言い飽きてんだけどさ。
 俺様と旦那じゃ立場が違……」
「どうでも良いわ!」
「一蹴かよ……」
「兎に角だ!」
再び目の前に腰を下ろし、ずいと指を突きつける。
「今日は俺が手足となってやる。だから、そこを動くな。」
「………。」
忍は、顔を歪めたまま、その指を見つめていた。
無言の圧力とでも言おうか、拒絶の感情が伝わってきて、流石に居たたまれなくなる。
おずおずと指を引っ込め、畳に視線を落とした。
「勝手は……百も承知だ。だが……此度ばかりは……」
淡々と、読み上げられていく、名。
それが再び、聞こえた気がした。
「せめて……看病……させてほしいのだ。」
「看病って……俺、怪我はしたけど、別に病気じゃないし。」
「ん?介抱?……ええい、どっちでも良いわ!」
「いい加減だなぁ。」
忍は笑って、頬杖をついた。
「何言っても無駄みたいだし………甘んじて受けましょ、ご命令。」
思わず顔を上げると、柔らかく細められた視線がある。
一度縮みかけた意志が、一気に膨れ上がるのを感じた。
「よぉし!ではまず飯だな!何がよい?肉か?魚か?団子か?団子が良いか?
 餡か?みたらしか?たまにはきな粉も良いな!だが噎せるかもしれんな!
 茶も用意しておかねば!茶葉は何処に締まってあるのだ?まぁ自分で探すとしよう!
 あとは皿と……」
「ちょ、待って!」
何やら必死な顔で裾を掴むので、景気よく踏み出した足を止める。
「………どうした?」
「いや……えっと……なんでもない。」
手は、力なくするりと離れた。
「そうか。ではいって参る。」
そのまま、ばたばたと廊下を駆け出した。
これ以上を、言われぬ内にと。

「うぬっ……ぬぅ……」
盆に茶と菓子を載せて運ぶ。それだけのことが、これほど難しいとは。
そもそも、団子を三段重ねにしているのが問題なのだが、
菓子に気を取られると、茶が波立って盆に溢れる。
茶に気を取られると、団子が転げ落ちそうになる。
皿と茶碗がぶつかって、かちゃかちゃと忙しなく音を立てる。
自分の忍はいつも、話をしながら運んできているのに。
「さ……佐助……」
「あ、やっと帰ってき………大丈夫?」
震える手元を見て、忍の顔があからさまに引きつった。
「う、うむ……これくらい……出来ねば……武士の……名折れ……」
「いや、武士関係ないから。無理しなくて良いよ?なんなら其処に置いて。」
「否、これで運ぶと決めたからには……あ!」
敷居に躓いた。盆が、手から飛び出していく。
まずい。そう思った瞬間、戦で培った全反射神経が動いた。
視界を妨げる盆を払いのけ、出来うる限り手を伸ばして皿を掴む。
あと少し、惜しい所で手が届かない。直ぐさまもう片方の手を、その下に伸ばす。
皿が、その手に落ちた。団子は、それに習うように皿の上へ続けざまに落ちる。
「危ない所であった……」
畳に寝そべるような格好で、顔を上げた。
「あ……。」
その目の前には、茶碗を被り、髪から茶を滴らせ、
歯を食いしばって熱さに耐えている忍の姿があった。
盆が、こわわんと音を立てて回り、ぱたりと倒れた。

「お前なら避けられたろうに……」
「動くなって命令が頭にあったからさぁ。」
「そんな所まで律儀に成らずとも良いわ。」
濡れた顔を拭ってやりながら、互いにぼやき合う。
無論、即起き上がって謝り倒したのだが、忍は「大丈夫だから」と、
相変わらず正座したままで答えた。心苦しいことこの上ない。
「団子……団子は無事だぞ!食べるか?」
思い当たり、すぐに皿を差し出す……が。
「きな粉……」
団子そのものは救ったが、きな粉は前の衝撃で吹き散らされたらしい。
ただの「黄色っぽい団子」になりはてた無惨な姿が、皿に並んでいる。
そういえば、畳が妙にじゃりじゃりする。多分、きな粉だ。
「すまぬ……。箒を持ってくる……」
立ち上がろうとした足が、不意に止まった。手にした皿が、微かに軽くなったのだ。
「いただきます。」
振り返ると、忍が口に団子を放り込む所だった。
目を見開き、その場にしゃがみ込む。固唾をのんで、その表情を窺った。
「ど……どうだ?」
「う~ん、味が薄い。」
「………。」
思わず顔を歪めると、忍はからからと笑った。
「もう一個も~らい。」
「あ……」
皿からひょいと取り上げ、口に放り込む。そして此方を見て、眉を上げて見せた。
つられてにんまり笑い、団子を一つ、口に入れる。
仄かと言うにも少なすぎる甘みが、じんわりと口中に広がった。
「しかし……箒は必要だな。でないと蟻が来てしま……」
小さな咳が、言葉を切った。
畳に残ったものが舞い上がったか、団子に残った微かなものか。
何れにせよ、きな粉の所為だろう。傍らの忍が、猛烈に咳き込みだした。
「さ、佐助!?」
「だい……じょぶ……えほっ、けふっ……ちょっと、粉が……けほっ」
「うあああ!茶!……は、ぶち撒けたのだったな!……背中!背中を叩くのだな!」
そして力一杯、手を振り上げた。
「とん」と叩くのを想定したのだが、妙に重たい「ど」という音が響いた。
「ぐっ……」
咳は止まった。が、忍もまた、背を押さえたまま固まってしまう。
「佐助……?」
忍は蹲ったまま、暫く動かなかった。

ずずと、きな粉を手で集め、縁側から外へ押し出す。
縁の下から、早くも蟻の行列が出来ていた。
暫しそれを眺めてから、後ろを振り返る。
忍は相変わらず座布団に行儀良く正座し、虚空を見ていた。
「佐助……」
呟くと、弾かれたように我に返り、此方を見て首をかしげた。
気遣うようなその表情に、申し訳なさが込み上げてくる。
「~~~~っ。」
「そぉんな顔しなくても、平気だって。」
「本当……か?」
忍は一瞬目を逸らした後、すぐに向き直って目を細めた。
「うん。」
「そうか……。」
庭先の井戸で濡らしてきた手ぬぐいを、縁側で絞り直す。
固く絞ったつもりだったが、まだ数滴の水が零れていった。
「何に使うの?それ。」
「畳を拭くのだ。決まっておろう。」
「あれ?箒はやめたの?」
「………。……水で拭く方が、綺麗になるぞ。」
本当は、違った。箒を取りに行くより、井戸まで行く方が近いからだ。
極力、ここから離れない方が良い気がしたのだ。
忍はただ「ふぅん」と答えた。
もう一度絞ってみたが、流石にもう水滴は出ない。
それを、畳に下ろそうとした時だった。
「あ~……」
忍が、溜息を漏らすのが聞こえた。
「どうした?」
「あ、いや。お茶が……ね。」
上着の裾を摘んでみせる。薄茶ではあったが、かなり白に近いその着物には、
確かに小さな点がいくつか出来ていた。被った茶の染みに違いない。
「よし、落としてやろう。」
手ぬぐいを手に、近寄る。幸い畳を拭く前だ。
「へ?い、イイって!着古しの奴だし。」
「案ずるな。俺とてやり方くらいは知っておる。
 確か……擦ってはならぬ、とんとんと叩く……だったな!」
「いや、そうだけど!でも……ちょ、痛い痛い痛い!それじゃ「叩く」じゃなくて
 「殴る」だってば!何親の敵みたいな顔してんの!?」
「力を入れねば染みが抜けぬ。少しの間だ、我慢しろ。」
「いいから!染みくらいどうでもいいから!」
「こ、こら!引っ張るな!この幸村、染み如きに遅れはとら……」
「び」と、音がした。
顔を見合わせてから、視線を落とす。
染みのあった裾には、見事な大穴が空いていた。

暫し、無言の時が流れていた。
「………よし。縫うてやる。」
意を決して立ち上がる。忍の顔が、あからさまに歪んだ。
「え。………今、縫うって言った?」
「裁縫道具は……確か此処に締まってあるのだったな。」
押入の奥に顔を突っ込み、ごそごそとそれを引っ張り出す。
きちんと整理されたそれには、既に糸の通されている針もあった。
針山を手に取り、一呼吸置く。
「良いか佐助………動くなよ。」
「待って。お願いだから待って。……何!?まさか俺様が着たままの着物、
 旦那が縫う気!?」
「少々不格好になるのは許せ。」
「いや、格好とかどうでもイイよ!それよりすっげぇ嫌な予感するよ!」
「ゆっくりならば、なんとかなる!………恐らく。」
「嫌だって!刺さるって!上着の裾だよ!刺さったらもろに腹じゃん!
 こんな皮膚薄いとこ、確実に激痛だよ!」
忍は後ろ手を付いて、必死に後退った。
そのあまりの形相に、針山を握りしめて、押し黙る。
「あ……御免。」
「………。」
項垂れたまま、答えなかった。忍は、窺うように覗き込んでくる。
「……旦那?」
「…………げ。」
「うん?」
顔を上げ、襟を掴んだ。
「脱げ。」
「…………はい?」
「そんなに某が信用できぬのなら、脱げば良かろう!それで縫うなら、問題はない!」
「い、いや……その……」
「いいから、とっとと脱げ!某とて、やって出来ないことはない!
 軽んじられたままではいられぬわ!」
「ちょ、やめろっての!引っ張るなって!穴!穴広がるから!」
「その時はその時よ!さぁ、早う脱げ!ええい、面倒だ!脱がしてくれよう!」
「ぎゃああああ!!!!つーか、これ聞かれたら誤解呼っ……止めろってのぉおおお!!!!」
やることなすこと上手くいかず苛立っていたにせよ、滅茶苦茶であったが、
兎に角半ば強引に着物を受け取り、針と糸を手に裁縫を始めた。

「………~~~。」
「………。」
「………。………っ!!!!」
「あ~、言わんこっちゃねぇ。」
指に針を刺して縮み上がる此方を見て、忍は額を抑えて首を振った。
「ま、まだまだ!」
指先に出来た小さな赤い点を舐めてから、再び針を構える。
穴が塞がるどころか、無関係な所に糸の塊が生まれて余計不格好になっている気がしたが、
着物をしかと握り、慎重に針を通していった。
「……っ!」
何故こうも、針の出る先出る先に指を置いてしまうのか。
またしても走り抜けた身を貫くような痛みに、声を殺して縮み上がる。
傍らの忍が、酷く顔を歪めたのが分かった。
「ねぇ……旦那。もう、いいって。」
「一度やると決めたからには、最後までやらねばならぬ!」
「俺、いい加減寒いんだけど………。」
腕をさすりながら、障子を閉めた。
忍のぼやきは捨て置き、再び裁縫に取りかかる。
「今暫く待て。必ずや……」
しまったと思い、言葉を切った。着物に、赤い点が浮かび上がっていたのだ。
爪で擦ってみたが、薄まる程度で消える気配はない。困った、どうしたものか。
途方に暮れているその手が、不意に包み込まれた。
顔を上げると、忍の、不思議な表情が其処にあった。
泣き出しそうな、嬉しそうな、何かを堪えようとしているような、顔が。
「もう……いいよ、旦那。見てて……痛いんだって。」
それは、明らかに気遣いの言葉だったが、わざと不機嫌にして見せた。
「だったら向こうを向いて居るわ。それでよいであろう。」
「そうじゃなくて、さ。」
声に、不思議な色を感じた。何やら不安になって、振り返る。
忍は、静かに告げた。
「………生殺し、っての?いっそはっきり言ってくんねぇかな?」
表情とは裏腹に、その目には、冷たい色が宿っていた。
出会って間もない頃の、あの、突き放すような、色が。
「何の事だ?」
唾を飲み込む。気取られまいとして、声が震えた。
「聞いたんだろ?……コレこと。」
言って忍は、右手を掲げて見せた。
手首に巻かれた白い布には、痛々しい赤が滲んでいる。
それだけで思わず目を背けたくなるのに、忍はするするとその布を解いていった。
手首に見えたのは、ざっくりと裂けた、大きな傷跡。
見ていると、自分の腕まで痺れるように痛み出す。
「身体庇って、まともに刃を受けちまったからね。いくら身を助けたって、
 これじゃもう、なんの役にも立ちゃしねぇ。」
興味のないものを見る目で、自分の手を見つめている。
それが辛くて、哀しくて、荒げたくなる声を必死に押さえた。
「傷が、癒えれば……」
「俺を看た奴に聞いたんだろ?筋が切れてるだろうって話。
 俺にはよく分かんねぇけど、ここから先、指一本動かせないどころか、
 触られてるかどうかも分かんねぇんだ。なぁんにも感じない。
 手首から先だけ、他人にものにすげ替えられたみたいだ。」
「だが、治らぬわけでは……なかろう?」
「切れたもんは繋ぎ直せない。」
頭を殴られたような気がした。
あの戦に赴いていなければ。
もっと早く、撤退の命を出していたら。
せめて自分が、傍にいたなら。
後悔が、自責が、後から後から込み上げて、とても顔を上げられなかった。
「旦那は何も、悪くねぇよ。俺が間抜けなだけ。」
その思いを読んだのだろう。左の手が、そと髪を撫でた。
「だから、さ。言って欲しいんだよ。………いらない、って。」
その言葉が、耳の奥深くまで響いて、目を見開いた。
怖々顔を上げると、相変わらずの冷たい目が其処にある。
「何……を……」
声が、出ない。
「そりゃ、俺等には利き手も何もないから、普通に暮らすのはどうにかなるよ?
 けど、忍としてはもう役に立たない。ましてや長なんか務まりゃしねぇ。
 役立たずの道具は、交換しないと。粗悪品なんか使ってたら、
 他の人等に嗤われるぜ。」
止めたいのに、否定したいのに、何も言葉が出てこない。
ただ、視線だけは離すまいと、必死にその目を見つめた。
目と鼻の奥がじんと熱くなって、痛くてたまらなかった。
それを黙って見つめ返していた忍の目が、ふっと和らいだ。
「だから、でしょ?」
「え………?」
此方も弛ませかけた緊張が、再び身体を奔る。
「だから、こんな事しにきたんだろ?動かすまいと思ってさ。」
逃げ出してしまいたいと、思った。
その通りだった。傷を、機能しないという事実を、突きつけられるのが怖くて。
気付かぬ振りをしたくて。なかったことに、したくて。
「優しいねぇ、旦那は。」
耳元で囁く声は、何処か馬鹿にしたような音を含んでいた。
動くことも、言葉を掛けることも出来ぬ自分の手から、するりと着物を抜き取り、
まだ不格好な其れを羽織りながら、障子を開いた。
既に傾いた日の光が、部屋の奥まで差し込んできた。
庭先の木の葉が風に乗って、畳の上に一枚落ちた。
出て行けと、言いたいのだろう。
「気遣いは身に余る光栄だけどさ。俺みたいな奴にとっちゃ、
 優しいお人の下に居るってのは………しんどいこともあるんだよ。」
嗚呼、拒まれているのだと思った。
きっとどんなに頼んでも、泣いて引き留めても、届かぬのだろう。
ふらりと立ち上がり、障子の方へと向かった。
廊下に踏み出した足が、酷く冷たく感じた。
そして、目すら合わせずその傍らを通る時、耳元に囁く声がした。

「ずっと………そのまんまでいてよ。」

それが聞こえた瞬間、己の内の込み上げたのは、絶望でも悲しみでもなく、
言い知れぬほどの怒りだった。
押し止めようとしていたものが、一気に頭へ駆け上り、顔がかっと熱くなる。
「ふ………ずぁけるなぁあああああああああああああああああああ!!!!!」
忍の襟首を引っ掴み、縁側から庭に向かって、力一杯投げた。
「んなぁっ!?」
その身体は面白いように宙を飛び、植え込みにがさりと突っ込む。
「ったぁ……。っにすんだよ!」
忍は身を起こし、歯を剥いて怒鳴った。当然であろう。
だが、此方の怒りはそのさらに上を行っている。
裸足で庭へ駆け下り、声を上げながら拳を繰り出した。
流石に今度はまともに受けたりせず、体勢を低くして交わされる。
間髪入れずに蹴りを入れようとすれば、飛び退って交わし、
軸足に足払いが掛けられた。これにはたまらず身体が後ろに傾く。
地に手を突くと同時に強く押して身を跳ね上げ、反動で得た勢いに乗って
思い切り頭突きを入れた。自慢の石頭だ、相当痛かったに違いない。
一瞬焦点が宙を泳いだが、すぐに頭を振って立て直し、此方を睨みつける。
「どういうつも………りぃいいい!!!!?」
険しい表情を作って、此方を諭そうとでもしたつもりか。
生憎、そんなものに付き合ってやるつもりはない。
真正面から体当たりを駆け、馬乗りになって襟首を掴んだ。
「どういうつもりは此方の台詞だ、この大馬鹿者!」
表情が見えなくなるほど、その首を揺さぶる。
忍は呻きをあげて噎せていたが、気にも止めなかった。
「お前は何も分かってない、なんっっっっっにも分かって居らぬわ!!!!!」
「ちょ……わかっ……くるし……」
「何が粗悪品だ!何が光栄だ!人を馬鹿にするのも大概にしろ!
 身勝手に己の都合ばかり押しつけて、俺の話など聞こうともせぬ!」
「は、はぁ……?身勝手……?」
「現に今も俺の命に背き、こうして部屋から動いて居るではないか!」
「それはアンタがぶん投げたからでしょうが……」
「五月蠅い!口答えをするな!」
好き放題怒鳴り散らし、藻掻く襟首を、さらにぐいぐいと締め上げた。
「役立たずだと?交換しろだと?何故決める!そんな権利がお前にあるのか!?
 お前はそんなに偉いのか!?主は俺だ!決めるのは俺だ!俺はお前より偉いんだ!」
もはや、自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。
「他の者から嗤われようと知ったことか!お前は俺がそんなことを気に病むような
 小さき輩と思うておるのか!?何とか言ってみろ!言え!」
「ちょ……本っ……死……」
忍の手が、限界だというように襟元を叩いた。
「そんなもの……それこそ笑い飛ばしてくれるわ!
 他からどう言われようと知ったことか!俺は……俺は……」
そこまで捲し立てて、己の息が酷く上がっていることに気付いた。
肩を上下させながら、手から力が抜けていくのを感じる。
忍が小さく咳き込みながら、視線を上げた。
呆けたようなその表情は、何やら自分よりずっと、幼い者のように思えた。
「俺は……」
怒りの熱が、すうと冷めていく。代わりに再び、鼻と目の奥が熱くなる。
嗚呼、もう堪えきれぬと、思うた。
「俺は………ほっとしたのだ……」
自分でも驚くほど、情けない声が出た。忍の目が、不思議そうに此方を見ている。
その目と合うと、目鼻の奥にあった熱いものは、外へぼろぼろと溢れてしまっていた。
「知っていたのに……みんな……大切な者と……思うていたのに……」
次々と、挙げられていく、名。
諫める時の厳しい顔が、勝利を喜ぶ楽しげな顔が、
不安に満ちた危うい顔が、宴で騒ぐ笑った顔が。
みんな浮かぶのに、それが失われたのだと分かっているのに。
辛くて、哀しいのに。
「名を言われる度……ほっとした。其処に、名がないことに……胸を、撫で下ろした。」
忍隊を中心とした殿部隊の足止めにより、辛くも逃げ延びた負け戦。
あの混乱の最中では、誰がどうなったのかも分からなかった。
その者達がまだ戻らぬ折、殿部隊はほぼ壊滅、数名だけが生き延びたと報告を受けた。
そして名を挙げられた。耳を塞ぎたくなったが、聞かぬ訳にはいかなかった。
いつ読まれるかと、怯えていた「その名」は、最後まで挙がらなかった。

そして――心から、安堵した。

「彼奴等の名を聞いて………俺は……」
信じて付いて来いなどと言っておきながら、なんと醜い心根だろう。
「少しも、優しくなどない……。このままで……居て良いはずがない……。」
独り善がりで、矛盾して、身勝手で。息巻くだけで、少しも強くない。
だから、だけど、どうか……
「ひっでぇなぁ、って……言って欲しい?」
頬を撫でる感触に、言葉を飲み込む。
力なく開かれた右手の指先が、溢れ出でたものを拭っていた。
「俺がアイツ等の立場だったとして……多分、言えねぇなぁ。
 そんな風に思って、悩んで切れて泣いて。忙しいなぁとは、思うけどさ。」
笑いながら、眩しいものを見る時のように、目を細める。
こんなにも酷い事を吐露してしまった自分を、何故そんな顔で見られるのか、
全く分からなかった。慰めて欲しいわけではない。
立ち上がり背を向けると、忍もまたゆっくりと身を起こす。
「だからさ、旦那。俺も……」
どんな言葉が続くのか、大方の予想は付いた。
だが、どうあってもそれは許したくない。
そう思った途端、冷めたはずの怒りが、またしても込み上げてきた。
多分其れは、己に対する苛立ちだったのだろうが、癇癪を起こした子どものように、
手近にあったものを二、三個投げつけた。
ただ子どもと違うのは――それが火薬を詰めた忍具であると言うこと。
「えっ!?嘘!?」
忍は、反射的に其れを受け止めた。が、脆い作りの其れは、手の中で弾ける。
ぱしゃりと、音がした。弾け飛んだのは、火薬ではなく、水。
忍隊の一人が戯れに油紙で似せて作った、水を詰めた風船のようなものだ。
まんまと引っかかった忍は、ずぶ濡れで呆けている。
が、それは水が爆ぜた事によるものではなかった。
「この……騒がせ者が。」
同じく水を浴び、濡れ鼠になりながら、笑う。
「ちゃんと動くではないか。」
忍が呆けて見ていたのは、忍具を掴まんと拳を握ったままの、
己の右手だった。

――

「あ~……そんなこともありましたっけねぇ……」
丁寧に髪を梳きながら、忍が抑揚無く言った。
「遠い昔のことのように言うな。つい最近の話だぞ。」
口を尖らせて振り返ろうとすると、動くなと言わんばかりに首を前に戻される。
「元服して、戦出るようになって……そんなにたってない頃じゃない?
 俺様、まだ「旦那」って呼ぶの、ぎこちなかった気がするもん。」
「そうであったか?」
「そうだよ。大昔だよ。」
「俺はつい昨日のことのような気がするがなぁ……」
「………さいですか。」
忍が黙ったので、手にしていた兵法の書物に目を戻したが、
既に話に意識が向いていて、それ以上読む気がなくなっていた。
書物は開いたまま、何の気無しを装って呟く。
「しかし、なんとも人騒がせな話だな。」
「すいませんねぇ……」
「お前を責めているのではない。傷を負ってそんなことを言われれば、
 誰でも良くない方に考えてしまうものだ。」
「……負傷者も多くて、手当てする奴等もてんやわんやだったからね。
 看た奴が間違えたのも、無理ないんじゃない?まぁ、鵜呑みにした俺も俺だけど……」
「気に病むな。俺も丸呑みにした。」
髪に紐を巻く手が、一瞬躊躇うように固まった。
「でなければ、あんなに取り乱すものか。さらに追い打ちを掛けて
 お前があのようなことを言うのだから、それはもう沼よりも暗い気分に……」
「はいはい!ごめんなさいってば!」
紐を結わく手に力が籠もり、髪が引っ張られて少々痛かった。
「ねぇ、もう止めない?その話。俺様、自分が青臭すぎて鼻曲がりそうなんだけど……」
「そうか?俺にとっては、悪くない思い出なのだが。暗澹とした気持ちであった分、
 間違いと分かった時の喜びは一塩であった。現に彼の後……」
「ああぁぁっ!もう止め止め!大人しくしてないと、毛抜けるよ!」
言われて渋々口を閉じる。
今日は取り立てて用もなく、久々にゆるりと話せると思ったのだが。
「まぁ……でも……」
忍が、微かな声で呟いた。
「今なら、腕の二三本吹っ飛んだって、お側を離れてやる気はありませんから。」
まるで叱るような突っ慳貪な物言いだったが、耳を疑い、目を見張ってしまった。
忍は相変わらず黙々と手を動かしながらも、その口が気まずそうなへの字で
何かを堪えているのが見て取れる。
「お前は……」
口を開くと、その身が微かに反応する。何を言われるのか、怯えているようであった。
「常々人間離れしていると思っていたが、三本目の腕もあったのか?」
「えぇ~……其処ぉ……?」
項垂れるその姿に、思わず吹き出しそうになる。
本当に言いたいことは違っていたが、今は未だ言える身ではない。
「それはそうと……お前はさっきから何をしているのだ?」
「うん?三つ編み。」
今し方萎びていたのが嘘のように、忍はぴっと姿勢を正してにんまりした。
見れば一つに括られた己の髪が、細かに編み込まれている。
「器用なもんでしょ?」
「人の頭で遊ぶな。俺は男子だぞ。」
「いいじゃん、可愛いし。」
批難の視線を向けると、忍はからからと笑った。
「許さぬ。団子を奢れ。」
「えぇ~!主が従者にせびるのかよ!」
「俺の下にいる宿命だ。参るぞ。」
「え!あ、ちょっと待って。片付けてから行く。」
文句を言った割には乗り気のようで、いそいそと櫛や紐を仕舞い始める。
「先に門の辺りへ行っておるぞ。」
庭先から吹き込む風が髪を舞上げ、そっと肩に下ろした。
先を紐で止めてはいないので、編み込みは既に解けかけていたが、
其れを指先で跳ね上げると、何故だか顔が綻ぶのを押さえられなかった。
「確かに、器用な手よ。」
障子を開け、弾むような足取りで、廊下を歩き出した。

 

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