佐助分。暗め。
――だから、行くなと言ったのに
地に突き立った、紅蓮の槍。
変色した柄は、明々と光る夕日の色すら飲み込んで、黒く。
佐助:ほんと、馬鹿だよねぇ。
人の言うことを聞かないから。
ほら、こんな棒きれみたいな姿になって。
佐助:呆れて何にも言えないわ。
見上げた空は、夕日の紅を吸い込んで、
憎らしいほどに美しかった。
――
政宗:何の用だ。
振り返ることすらせずに、低く呟く。
戦装束はまだ解いて居らず、刃も未だその腰にある。それに手を掛ける素振りはない。
妙な動きを見せれば、直ぐに此方の首を落とすだけの自信があるのだろう。
此処へ辿り着くまでに、いくつか「邪魔なもの」を斬り捨ててきた。
其れが流した、鼻を突く匂いに、気付かぬ訳では無かろうに。
小馬鹿にするように目を細め、視線だけを向けてくる。
政宗:まさかとは思うが……忍のお前が、主の仇討ちに来たとでも?
その言葉に、思わずくすりと笑みが漏れた。
相手は何が可笑しいとでも言いたげに、眉を顰める。
佐助:ねぇ、竜の旦那。
顔を上げ、笑みを浮かべたまま、見据える。
佐助:頼むからさぁ………アンタ、無くなってくれない?
殺してやりたいとは思わない。
死して、あの人の傍に逝くなど以ての外だ。
消してしまいたい。此の世からも、あの世からも。
初めからその存在など、無かったことにすればいい。
――そうすればきっと
政宗:笑い話にもならねぇな。
漸く此方を振り返ったその顔には、嘲るような笑みが浮かんでいる。
自分の表情と何処か似ている気がして、嫌だなと、思った。
政宗:忍の本懐に従って、とっとと里山にでも帰ったらどうだ。
大将討ち取られたアイツが、俺に挑みに来るは道理。
それに手前を従えなかったって事は……あとは好きに生きろってことだろ?
佐助:………ま、そういうことなんだろうねぇ。
アンタに言われると、すっごい不愉快だけど。
刃を軽く持ち上げ、手甲でその表面を撫でる。
絡み付いていた紅が、ほんの少し、床に溢れた。
佐助:主を既に亡き者と思うなら、さっさと退散するべき。
主が命に従おうと思うなら、尚のこと何処ぞへ身を隠すべき。
そんなこと俺だって、百も承知だよ。
己が師を失い、宿願を失い。
自らの信念さえも瓦解しそうな中において、
主が進むべき道を違えずにいたのは、
主が己を失わずに居れたのは、
挑むべき相手が居たからなのだと。
佐助:アンタとの勝負が、どんな意味を持っていたのかも、知ってる。
好敵手。そんな言葉で片付けられないような何かが、其処にあるのだと。
其れに横やりを入れるのは、野暮無粋以外の何物でもないということも。
其処に、自分の出る幕など、無いことも。
佐助:だから……
だから、其の手を、離した。行かせてくれと言う、其の命に従った。
己を殺すことには慣れていた。いつものように、何も考えなければよい。
ただひとつの、道具となれば、物となれば、それで良い。
佐助:………。………でもさぁ、旦那。
――俺は、「意味」の一欠片にもなれないの?
ずっと、昔の話。覚えてないって言われれば、それまでだけど。
――なんで?つよくなりたいの?
なんとなくした質問に、面食らったような顔をして。
確かな答が出せなくて。ずっと悩んで、唸って。
慌ててこっちが宥め賺そうとしても、答えてみせると聞かなくて。
ある時、答が出たと言ってきた。
――お前に、「本当」を言わせてやる。
何を言い出すんだと思っていると、此方を指さし自慢気に続けた。
お前は嘘ばかりつくと。誤魔化してばかりだと。
主だから、忍だからと、身分を言い訳にして、
此方がどんなに強請っても、自分に対する「本当」を言うてくれたことがないと。
――ならば、身分など無くしてやる。
お館様が天下を収めれば、きっと太平の世となろう。
だから、お前が殺してきた己を、己の言葉を、全て言わせてやる。
悪戯を企んでいるときのような表情で。期待と希望に溢れた目で。
己の手をもげそうな勢いでぐいぐいと引き、何やらはしゃぐ主を宥めるのに、
随分と苦労した記憶がある。
佐助:そう……言ってくれたのにさぁ。
手を、目の高さに掲げてみる。
紅と黒とが入り交じった、何とも汚い色だった。
佐助:なんで俺……離しちゃったんだろ?
命令だった、帰ってくると思った等と言い訳を並べたところで、
負ける勝負に送り出したは、己のこの手だ。
佐助:結局俺が……死なせちゃったんだなぁ。
そう呟くと、其れまで黙っていた竜が僅かに進み出た。
六爪を抜き、すと其れを掲げてみせる。
政宗:勝手なことを抜かすな。アイツを斬ったのはこの俺だ。
この勝負とは「無関係」のお前に、手柄を取られる筋合いはねぇ。
視線を向けると、不機嫌な表情が其処にあった。
だが、此方の内面を読んでもいるようで、それが酷く腹立たしいと、感じた。
政宗:どうせ帰れと言っても聞く気は無ぇんだろ。とっとと始めようぜ、忍。
灯火を吸って閃くその刃に、何故か少し、心が躍った。
佐助:そうだねぇ。
不意に、竜の背後が明々と照らし出された。
それは、己が幾度も魅入られた、炎の灯。
竜は振り返って目を見張る。目の前の光景が、信じられぬとでも言うように。
何を、取り乱しているのだろう。たかが――己の従者の棟を焼かれたくらいで。
――炎はこんなにも「綺麗」なのに。
佐助:………。
政宗:っ!!!
その首筋を裂こうとしていた刃を、竜の爪は寸手で阻んだ。
薄く破れた皮の隙間から、つと、細い紅が流れ落ちる。
佐助:ねぇ、竜の旦那。アンタ……無くなってよ。
戦も、約束も、離したことも、この存在も。
全部、最初から無かったことにしよう。
佐助:そうすれば、きっと……
――かえってきて、くれるから。
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