戦国BASARAの二次創作文。
政宗、幸村、佐助、元親、元就が中心。
日々くだらない会話をしてます。
Posted by 今元絢 - 2008.09.29,Mon
――企画部屋より転載。
アンケート一位、旦那分。
黒。
アンケート一位、旦那分。
黒。
――砲台は、炎に吹き飛ばされた。
弾けた材が、舞い散る花のようにはらはらと落ちる。
炎から吹き来る風が、一つに括った髪を揺らした。
幸村:此しきの豆鉄砲で、真田隊が屈すると思うてか!
両の手に槍を振りかざし、後を追う兵達に届くよう、叫んだ。
背後から上がった鬨の声に、僅かな安堵を覚える。まだ、戦える。
だが同時に、その数が減っていることも思い知らされた。
己自身も、かなりの傷を負っている。戦況は明らかに不利であった。
兵士:幸村様!吉野隊、退却にございます!もうこれ以上は……
幸村:構わぬ。進め。我が隊が屈すれば、後はない。
お館様の御為、此処で退くことは断じて出来ぬ。
兵士:………。御意。
伏兵。そんな単純な戦法に、気付かなかったことが悔やまれる。
まだ倍近くの兵を隠していた敵方は、のこのこやってきた自分達を
恰好の餌と見なした。数の差、火器の多用。自軍は為す術もなく総崩れとなった。
戦の前に己の忍が「敵に情報操作に長けている者がいる、踊らされぬよう気を付けろ」と
注意を促していたのを思いだした。
そのような小細工に掛かる己ではないと見得を切っておきながら……
幸村:見事にその策に嵌ろうとは……佐助にどやされるな。
今は本陣を護る任に当たっている忍の姿を思い描き、思わず苦笑を漏らした。
――その、己の前に、すと影が落ちた。
進み出たのは、この「網」を張っていた、敵方の武将であった。
武将:これだけの火器を相手に、よくぞ此処まで持ったものよ。
流石は炎に魅入られし者だな。
幸村:………。
武将:不利を悟って退けば、本隊との合流も出来ようものを。己が隊を潰してでも、
本隊と我が軍の交戦を避けたか。見上げた根性、というやつだな。
幸村:……貴様の思うようにはさせぬ。
火器が雨のように降り注ぐ此の隊と交戦すれば、本陣もただでは済まなかろう。
自らが心から敬愛する師を、危険にさらすことなど出来ようはずもない。
敵将は薄く笑みを浮かべた。此方の疲弊を察しているのだ。
武将:貴様の望み通り、武田が総大将は逃げおおせた。主力部隊も生き延びているし、
体勢を立て直し、再び攻め来ることも可能だろう。………だが、
幸村:………。
武将:それには「時間稼ぎ」が必要だ。敵勢の注意を引き、その身が果てるまで
其処へ留まり続ける壁がな。
幸村:……壁。
武将:まだ分からぬのであれば、言うてやろう。貴様は武田に、切り捨てられたのだ。
……成る程。この男の言いたいことはよく分かった。
忠義を捨て、屈しよというのだ。しかし、その言葉に、何ら己の心が動くことはない。
寧ろ、笑みすら浮かべて応えた。
幸村:其れがお館様の御為であるならば、某は主命を全うするまで。
武将:従順なことだ。骨の髄まで良く飼い慣らされている。
それとも……本陣に在る、己が隊の身を案じて、か。
纏う空気が、変わった。眉を顰め、その言葉を聞く。
武将:先頃、我が別動部隊が一つの敵部隊を壊滅させた。
敵本陣からの、忍隊を。
幸村:っ……
武将:忍は元々、真っ向から敵陣に飛び込むようには出来ていない。
あの少数では、初から全滅しに来たようなものだ。
男は足下に何かを放った。
一本の、錆びた苦無。
その柄は、焼け焦げ、赤黒い液に染まっていた。
武将:それでも、必死に駆け来たのであろうな。主を、死なせまいと。
聞くな。
武将:不利に気付かぬ訳ではなかろうに、それでも見過ごせぬ。
己の感情を捨てられぬとは、愚かな忍もいたものだ。
聞いてはいけない。
武将:さて………最後に呼んだは、誰の名か。
聞いては。
気付けば己の刃が、男の喉元近くで唸っていた。
男の持つ刀身に阻まれ、その喉笛を斬り避けぬ事を嘆くように。
先程までの痛みは、もう何処にもない。
腕を伝い落ちる紅が無ければ、傷など忘れていただろう。
幸村:貴様が……伝えさせたのか……。我が隊の不利を……
武将:さぁ?どうであろうな。
幸村:……否。貴様如きに……潰される忍び隊では、ないわ。
武将:信じたい気持ちが分からぬでもないが、無為な期待は抱かぬが良いぞ。
後の落胆が勝るだけだ。
男が何をしたか。何を言ったか。
己が忍が、何を思うたか、痛い程に、よく分かった。
同時に、敵への憎しみと、失う事への恐怖と、様々な感情の渦巻いていた胸が、
すぅと冷めていくのを感じた。
距離を取り、改めて身構える。
手にした二槍が、まるで腕の一部であるかのようによく馴染んだ。
幸村:貴様、楽に逝けると思うな。
二槍が、紅蓮を纏った。
――己の内に、このような感情があろうとは、と
どこか遠いことのように思っていた。
敵兵たちがが自分の攻撃を避けきれず、焦り、惑い、血飛沫を上げる姿を
「うれしい」と感じた。
壁際に、男が雇ったのであろう忍を追い詰めた。
大した者だ、この状況でも表情一つ変えぬ。
だが、身に纏う空気が、酷く歪んでいるのが分かった。
生有る物である以上、それは当然の歪みだ。
だが、思わず笑みが溢れた。
ほんの一瞬、眼が合うが、声も出さず、己を物と割り切っていたであろうその忍の眼は、
酷く人間の眼をしていると、思うた。
――不意に、腕が動かなくなった。
背後からの、静かな衝撃。振り返らずとも、分かった。
自分の腹に生えた、刃の首。
背から刺されたのであれば、これは致命傷かもしれない等と、他人事のように思った。
武将:沈め、紅蓮の鬼よ。
男の顔には、明らかな焦りが生まれていた。
自軍を追い詰め、あわよくば抱き込もうとしていた筈。
だが、己が其れを引き裂いた。
これ程抗うとは予想外だったのだろう。今や、男の軍も壊滅状態にあった。
半数以上の手勢を失ったことに怯えながら、それでも己を討ち取ったと、
歪んだ笑みを浮かべながら、此方を凝視している。
――だが、最早何も感じない。
振り向き様に、己の腹に刃を突き立てた兵を貫く。
声すら上げずに倒れ伏す「其れ」を押し退け、小さく息をつくと、
男の方へと向き直った。
まだ一つ、大きな獲物があると、
手にした二槍が、歓喜の声を上げているような気さえした。
男と自分の間に、阻む物はもう何もなかった。
兵達は怯え、逃げ惑うばかり。援軍も、来る気配はない。
そう、切り捨てられたのは、この男の方だったのだ。
男は焦りから来る混乱か、短刀を引き抜いて己の首に押し当てた。
――そんなことは、させない。
気付けば二槍を振るっていた。
宙を舞うのは、紅い飛沫。背後でぼたりと、音がした。
男は失われた自分の腕を、ぼんやりと眺めている。
――この男の望む物など、望む死に方など、与えない。
幸村:言ったはずだ。楽に逝かせはしないと。
槍を振るい、こびり付いた紅を払い落とす。随分と「汚れて」しまったものだ。
もっと、すっかり落としてしまいたいが、そうもいかぬ。
幸村:醜く裂け散る、己が四肢を眺めながら………去ね。
――
――漸く見つけた主は、美しささえ感じるほどの紅に、染まっていた。
夥しい屍に囲まれ、手にした二槍をだらりと下げたまま立ちつくしている。
足下に転がる「何か」をじっと見下ろしていたが、
風に揺れる髪が邪魔をして、その表情は見えなかった。
佐助:………旦那?
己の声に反応し、肩が微かに震えた。ゆっくりと、振り返る。
幸村:佐……助?
呆けたような表情で。主は一歩、足を踏み出した。
途端、崩れるように倒れ伏す。
慌てて駆け寄ると、その腹には深々と刃が突き立っていた。
その身体から溢れる夥しい紅に、一瞬我が身が消えたかのような感覚に襲われる。
縋るように傍らに膝を付き、地との間に手を差し入れて抱き起こした。
何度も、何度もその名を呼びながら。
――
――目を開くと、暗い天井が其処にあった。
自分は死んだのだろうかとも思ったが、徐々にはっきりしてくる視界と
懐かしい藺草の香りが、生き延びたのだと言うことを伝えていた。
大きく溜息を付いた途端、何とも不機嫌な顔が視界を塞いだ。
佐助:やっと起きたか、この馬鹿主。
幸村:おぉ……佐助。
佐助:おぉ佐助、じゃないでしょうが。アンタ馬鹿?いや、この際だ。
疑問形とってやる。アンタは紛れもなく馬鹿です。ええ。
幸村:………起きて早々、随分な言われ様だな。
不満げに唸ると、忍は小さく溜息を付いた。
佐助:戦は勝ちましたよ。退いたと見せかけて、山側から騎馬隊による奇襲。
敵は総崩れ。何処かの誰かさんが、敵の注目一点に集めてくれたお陰でね。
幸村:そうか……流石はお館様。
やはり、己は「壁」にされた訳ではなかったらしい。
信じては居たものの、言葉で言われると改めて安堵する。
だが、忍の口調は、己の戦功を称えているようには思えなかった。
佐助:まぁ、確かに大将始め、みんな旦那を誉めまくってましたよ。
……でも、悪いけど俺様は呆れて物も言えなかったね。
幸村:一体何をそんなに怒っておるのだ……。
佐助:やり過ぎだって言ってんの!大将が迂回して攻め来たことは、
旦那だって気付いただろう?傷を負ってるのに、何でいつまでも留まってるんだよ。
幸村:………。気付かなかったのだ。
佐助:はぁぁっ!?あんだけ法螺貝ぶんぶん鳴らしながら来てるのに!?
幸村:気付かなかったものは気付かなかったのだ……仕方なかろう。
気恥ずかしくて、布団に潜り込む。
佐助:一体、何をそんな意固地になってたの……。
幸村:………。それは言えぬ。
佐助:何で。
幸村:何ででもだ。
敵の報に踊らされたなど、口が裂けても言えぬ。説教が二倍、三倍に膨れ上がるからだ。
起きあがって離れることは儘ならない。傷はまだ、酷く痛んだ。
顔を背け、目の前の壁だけ見つめる。忍はまた盛大に溜息を付いた。
佐助:あのね……。勘弁してよ、旦那。負傷の報せを受けて迎えに行ったら、
大事な主君が、土手っ腹に穴開けて血みどろのまんま突っ立ってんのよ?
……アンタ、どんだけ俺の寿命縮めれば気が済むのさ。
最後に呟いた声は、溜息よりずっと小さなものだった。
顔を戻すと、今にも泣き出しそうな、子供のような表情が其処にある。
視線の先には、白。身体に付いた無数の傷、火傷を覆い隠す、白い布。
戦で怪我をすることなど、珍しくない。寧ろ無傷で帰れることの方が少なかろう。
ただ、それは、己の不徳が為した傷。目算を誤ったが故に、必要のないそれを負った。
あと少し、この傷が深ければ。あと少し、炎に巻かれていたなら。
今、此処には居ない。声も、二度と聞くことはなかった。
幸村:すまぬ……。
すと頬をなぞられた事に、忍はびくりと肩を振るわせた。
指に微かに触れたのは、何かの滴が伝った跡。
忍は誤魔化すように「あぁっもう!」と唸って顔を振り、
立ち上がって、此方を指さした。
佐助:兎に角、怪我人は暫く、動くこと不可!団子も鍛錬も殴り愛も禁止!いいね!?
幸村:怪我人は………お互い様であろう?
佐助:屁理屈言わない。俺様軽傷、アンタ重傷。度合いが全然違うの。
幸村:だが、俺とて心配……
不意に額に置かれた手に、言葉を飲み込む。
その表情は先程までの般若のような形相とは違い、とても柔らかった。
佐助:お優しいのは結構ですけどね、旦那。アンタが俺のためになんか動いちゃ
本末転倒なんだよ。
その言葉は己の思いを読んだようで、思わず息を呑んだ。
忍は小さく笑むと、額に置いた手を軽く弾ませる。
佐助:早く治してね。
そのまま立ち上がり、足音すら立てずに部屋を出て行った。
――「優しくなど、ない。」
自らを「物」と言って憚らぬ忍が、この手から消えたのだと聞いたとき、
己は何も考えられなかった。感情に身を任せ、己が使命も忘れ、ただ刃を振るった。
そして、己が忍の身を、内を、崩した男を、引き裂かんと吠えた。
跡も分からなくなるほどに、苦に包み、藻掻かせ、悔やませ、
消し去ってやりたいと思った。
寝返りを打つと、一つの盆と、その上に置かれた皿が目に入った。
のっているのは、好物の団子。軽く息をつくと、微かな香が伝わってくる。
本に「優しい」のは、この香。お前は、それを知らぬ。
幸村:禁止と言っておきながら、なんとも甘いことだ。
そして其れに、手を伸ばした。
――優しくなどない。お前が、何も知らぬだけ。
弾けた材が、舞い散る花のようにはらはらと落ちる。
炎から吹き来る風が、一つに括った髪を揺らした。
幸村:此しきの豆鉄砲で、真田隊が屈すると思うてか!
両の手に槍を振りかざし、後を追う兵達に届くよう、叫んだ。
背後から上がった鬨の声に、僅かな安堵を覚える。まだ、戦える。
だが同時に、その数が減っていることも思い知らされた。
己自身も、かなりの傷を負っている。戦況は明らかに不利であった。
兵士:幸村様!吉野隊、退却にございます!もうこれ以上は……
幸村:構わぬ。進め。我が隊が屈すれば、後はない。
お館様の御為、此処で退くことは断じて出来ぬ。
兵士:………。御意。
伏兵。そんな単純な戦法に、気付かなかったことが悔やまれる。
まだ倍近くの兵を隠していた敵方は、のこのこやってきた自分達を
恰好の餌と見なした。数の差、火器の多用。自軍は為す術もなく総崩れとなった。
戦の前に己の忍が「敵に情報操作に長けている者がいる、踊らされぬよう気を付けろ」と
注意を促していたのを思いだした。
そのような小細工に掛かる己ではないと見得を切っておきながら……
幸村:見事にその策に嵌ろうとは……佐助にどやされるな。
今は本陣を護る任に当たっている忍の姿を思い描き、思わず苦笑を漏らした。
――その、己の前に、すと影が落ちた。
進み出たのは、この「網」を張っていた、敵方の武将であった。
武将:これだけの火器を相手に、よくぞ此処まで持ったものよ。
流石は炎に魅入られし者だな。
幸村:………。
武将:不利を悟って退けば、本隊との合流も出来ようものを。己が隊を潰してでも、
本隊と我が軍の交戦を避けたか。見上げた根性、というやつだな。
幸村:……貴様の思うようにはさせぬ。
火器が雨のように降り注ぐ此の隊と交戦すれば、本陣もただでは済まなかろう。
自らが心から敬愛する師を、危険にさらすことなど出来ようはずもない。
敵将は薄く笑みを浮かべた。此方の疲弊を察しているのだ。
武将:貴様の望み通り、武田が総大将は逃げおおせた。主力部隊も生き延びているし、
体勢を立て直し、再び攻め来ることも可能だろう。………だが、
幸村:………。
武将:それには「時間稼ぎ」が必要だ。敵勢の注意を引き、その身が果てるまで
其処へ留まり続ける壁がな。
幸村:……壁。
武将:まだ分からぬのであれば、言うてやろう。貴様は武田に、切り捨てられたのだ。
……成る程。この男の言いたいことはよく分かった。
忠義を捨て、屈しよというのだ。しかし、その言葉に、何ら己の心が動くことはない。
寧ろ、笑みすら浮かべて応えた。
幸村:其れがお館様の御為であるならば、某は主命を全うするまで。
武将:従順なことだ。骨の髄まで良く飼い慣らされている。
それとも……本陣に在る、己が隊の身を案じて、か。
纏う空気が、変わった。眉を顰め、その言葉を聞く。
武将:先頃、我が別動部隊が一つの敵部隊を壊滅させた。
敵本陣からの、忍隊を。
幸村:っ……
武将:忍は元々、真っ向から敵陣に飛び込むようには出来ていない。
あの少数では、初から全滅しに来たようなものだ。
男は足下に何かを放った。
一本の、錆びた苦無。
その柄は、焼け焦げ、赤黒い液に染まっていた。
武将:それでも、必死に駆け来たのであろうな。主を、死なせまいと。
聞くな。
武将:不利に気付かぬ訳ではなかろうに、それでも見過ごせぬ。
己の感情を捨てられぬとは、愚かな忍もいたものだ。
聞いてはいけない。
武将:さて………最後に呼んだは、誰の名か。
聞いては。
気付けば己の刃が、男の喉元近くで唸っていた。
男の持つ刀身に阻まれ、その喉笛を斬り避けぬ事を嘆くように。
先程までの痛みは、もう何処にもない。
腕を伝い落ちる紅が無ければ、傷など忘れていただろう。
幸村:貴様が……伝えさせたのか……。我が隊の不利を……
武将:さぁ?どうであろうな。
幸村:……否。貴様如きに……潰される忍び隊では、ないわ。
武将:信じたい気持ちが分からぬでもないが、無為な期待は抱かぬが良いぞ。
後の落胆が勝るだけだ。
男が何をしたか。何を言ったか。
己が忍が、何を思うたか、痛い程に、よく分かった。
同時に、敵への憎しみと、失う事への恐怖と、様々な感情の渦巻いていた胸が、
すぅと冷めていくのを感じた。
距離を取り、改めて身構える。
手にした二槍が、まるで腕の一部であるかのようによく馴染んだ。
幸村:貴様、楽に逝けると思うな。
二槍が、紅蓮を纏った。
――己の内に、このような感情があろうとは、と
どこか遠いことのように思っていた。
敵兵たちがが自分の攻撃を避けきれず、焦り、惑い、血飛沫を上げる姿を
「うれしい」と感じた。
壁際に、男が雇ったのであろう忍を追い詰めた。
大した者だ、この状況でも表情一つ変えぬ。
だが、身に纏う空気が、酷く歪んでいるのが分かった。
生有る物である以上、それは当然の歪みだ。
だが、思わず笑みが溢れた。
ほんの一瞬、眼が合うが、声も出さず、己を物と割り切っていたであろうその忍の眼は、
酷く人間の眼をしていると、思うた。
――不意に、腕が動かなくなった。
背後からの、静かな衝撃。振り返らずとも、分かった。
自分の腹に生えた、刃の首。
背から刺されたのであれば、これは致命傷かもしれない等と、他人事のように思った。
武将:沈め、紅蓮の鬼よ。
男の顔には、明らかな焦りが生まれていた。
自軍を追い詰め、あわよくば抱き込もうとしていた筈。
だが、己が其れを引き裂いた。
これ程抗うとは予想外だったのだろう。今や、男の軍も壊滅状態にあった。
半数以上の手勢を失ったことに怯えながら、それでも己を討ち取ったと、
歪んだ笑みを浮かべながら、此方を凝視している。
――だが、最早何も感じない。
振り向き様に、己の腹に刃を突き立てた兵を貫く。
声すら上げずに倒れ伏す「其れ」を押し退け、小さく息をつくと、
男の方へと向き直った。
まだ一つ、大きな獲物があると、
手にした二槍が、歓喜の声を上げているような気さえした。
男と自分の間に、阻む物はもう何もなかった。
兵達は怯え、逃げ惑うばかり。援軍も、来る気配はない。
そう、切り捨てられたのは、この男の方だったのだ。
男は焦りから来る混乱か、短刀を引き抜いて己の首に押し当てた。
――そんなことは、させない。
気付けば二槍を振るっていた。
宙を舞うのは、紅い飛沫。背後でぼたりと、音がした。
男は失われた自分の腕を、ぼんやりと眺めている。
――この男の望む物など、望む死に方など、与えない。
幸村:言ったはずだ。楽に逝かせはしないと。
槍を振るい、こびり付いた紅を払い落とす。随分と「汚れて」しまったものだ。
もっと、すっかり落としてしまいたいが、そうもいかぬ。
幸村:醜く裂け散る、己が四肢を眺めながら………去ね。
――
――漸く見つけた主は、美しささえ感じるほどの紅に、染まっていた。
夥しい屍に囲まれ、手にした二槍をだらりと下げたまま立ちつくしている。
足下に転がる「何か」をじっと見下ろしていたが、
風に揺れる髪が邪魔をして、その表情は見えなかった。
佐助:………旦那?
己の声に反応し、肩が微かに震えた。ゆっくりと、振り返る。
幸村:佐……助?
呆けたような表情で。主は一歩、足を踏み出した。
途端、崩れるように倒れ伏す。
慌てて駆け寄ると、その腹には深々と刃が突き立っていた。
その身体から溢れる夥しい紅に、一瞬我が身が消えたかのような感覚に襲われる。
縋るように傍らに膝を付き、地との間に手を差し入れて抱き起こした。
何度も、何度もその名を呼びながら。
――
――目を開くと、暗い天井が其処にあった。
自分は死んだのだろうかとも思ったが、徐々にはっきりしてくる視界と
懐かしい藺草の香りが、生き延びたのだと言うことを伝えていた。
大きく溜息を付いた途端、何とも不機嫌な顔が視界を塞いだ。
佐助:やっと起きたか、この馬鹿主。
幸村:おぉ……佐助。
佐助:おぉ佐助、じゃないでしょうが。アンタ馬鹿?いや、この際だ。
疑問形とってやる。アンタは紛れもなく馬鹿です。ええ。
幸村:………起きて早々、随分な言われ様だな。
不満げに唸ると、忍は小さく溜息を付いた。
佐助:戦は勝ちましたよ。退いたと見せかけて、山側から騎馬隊による奇襲。
敵は総崩れ。何処かの誰かさんが、敵の注目一点に集めてくれたお陰でね。
幸村:そうか……流石はお館様。
やはり、己は「壁」にされた訳ではなかったらしい。
信じては居たものの、言葉で言われると改めて安堵する。
だが、忍の口調は、己の戦功を称えているようには思えなかった。
佐助:まぁ、確かに大将始め、みんな旦那を誉めまくってましたよ。
……でも、悪いけど俺様は呆れて物も言えなかったね。
幸村:一体何をそんなに怒っておるのだ……。
佐助:やり過ぎだって言ってんの!大将が迂回して攻め来たことは、
旦那だって気付いただろう?傷を負ってるのに、何でいつまでも留まってるんだよ。
幸村:………。気付かなかったのだ。
佐助:はぁぁっ!?あんだけ法螺貝ぶんぶん鳴らしながら来てるのに!?
幸村:気付かなかったものは気付かなかったのだ……仕方なかろう。
気恥ずかしくて、布団に潜り込む。
佐助:一体、何をそんな意固地になってたの……。
幸村:………。それは言えぬ。
佐助:何で。
幸村:何ででもだ。
敵の報に踊らされたなど、口が裂けても言えぬ。説教が二倍、三倍に膨れ上がるからだ。
起きあがって離れることは儘ならない。傷はまだ、酷く痛んだ。
顔を背け、目の前の壁だけ見つめる。忍はまた盛大に溜息を付いた。
佐助:あのね……。勘弁してよ、旦那。負傷の報せを受けて迎えに行ったら、
大事な主君が、土手っ腹に穴開けて血みどろのまんま突っ立ってんのよ?
……アンタ、どんだけ俺の寿命縮めれば気が済むのさ。
最後に呟いた声は、溜息よりずっと小さなものだった。
顔を戻すと、今にも泣き出しそうな、子供のような表情が其処にある。
視線の先には、白。身体に付いた無数の傷、火傷を覆い隠す、白い布。
戦で怪我をすることなど、珍しくない。寧ろ無傷で帰れることの方が少なかろう。
ただ、それは、己の不徳が為した傷。目算を誤ったが故に、必要のないそれを負った。
あと少し、この傷が深ければ。あと少し、炎に巻かれていたなら。
今、此処には居ない。声も、二度と聞くことはなかった。
幸村:すまぬ……。
すと頬をなぞられた事に、忍はびくりと肩を振るわせた。
指に微かに触れたのは、何かの滴が伝った跡。
忍は誤魔化すように「あぁっもう!」と唸って顔を振り、
立ち上がって、此方を指さした。
佐助:兎に角、怪我人は暫く、動くこと不可!団子も鍛錬も殴り愛も禁止!いいね!?
幸村:怪我人は………お互い様であろう?
佐助:屁理屈言わない。俺様軽傷、アンタ重傷。度合いが全然違うの。
幸村:だが、俺とて心配……
不意に額に置かれた手に、言葉を飲み込む。
その表情は先程までの般若のような形相とは違い、とても柔らかった。
佐助:お優しいのは結構ですけどね、旦那。アンタが俺のためになんか動いちゃ
本末転倒なんだよ。
その言葉は己の思いを読んだようで、思わず息を呑んだ。
忍は小さく笑むと、額に置いた手を軽く弾ませる。
佐助:早く治してね。
そのまま立ち上がり、足音すら立てずに部屋を出て行った。
――「優しくなど、ない。」
自らを「物」と言って憚らぬ忍が、この手から消えたのだと聞いたとき、
己は何も考えられなかった。感情に身を任せ、己が使命も忘れ、ただ刃を振るった。
そして、己が忍の身を、内を、崩した男を、引き裂かんと吠えた。
跡も分からなくなるほどに、苦に包み、藻掻かせ、悔やませ、
消し去ってやりたいと思った。
寝返りを打つと、一つの盆と、その上に置かれた皿が目に入った。
のっているのは、好物の団子。軽く息をつくと、微かな香が伝わってくる。
本に「優しい」のは、この香。お前は、それを知らぬ。
幸村:禁止と言っておきながら、なんとも甘いことだ。
そして其れに、手を伸ばした。
――優しくなどない。お前が、何も知らぬだけ。
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