何やら今日は、殊の外忙しかった。
武将:戦功の分配についてご報告したき義が有ります故……
兵士:軍馬の不足分について、提案がございます。お時間をいただきたく。
小姓:祭儀の衣装をご用意させていただきました。何卒御試着願います。
軍師:従属を促すにはこの文面では不足かと存じます。訂正をお願い申す。
武器商:最高の一品を貴方様の御為に取り揃えてございます。是非ともお試しを!
何もそんなに一度に来ずともと思うものの、
皆それぞれ己が職務を全うせんとしているのが伝わってくる。
邪険になど出来ようはずもない。その一つ一つに丁寧に応じていく。
更にいつもの鍛錬を済ませ、いくつかの雑務を終えた頃には日はとっぷりと暮れていた。
床を伝う寒さが、深々と己の身を冷やす。
幸村:ぬぅ……。
どんよりとした表情で部屋の襖を開いた。ふわりと温かい風が身を包む。
佐助:おかえり~。ついでに、ただいま~。
振り返りもせずに告げるのは、見慣れた後ろ姿。
その背の向こうには火鉢があるらしく、部屋の中は十二分に温まっていた。
幸村:帰っていたのか……。
佐助:うん、今さっきね。
自分の配下にある忍隊、その長である忍は、相も変わらず火鉢を突きながら答えた。
溜息を付きながら腰を下ろし、文机に頬杖を付く。
幸村:別に部屋にいるのは構わぬ。……だが、主が帰ってきて顔も向けぬとは、
流石にどうかと思うぞ。
佐助:あぁ、うん、御免。もうちょっと待って。
思っている以上に、己の口調は刺々しい物だった。
にも関わらず、忍は此方に目を向けようともせず、適当に相槌を打つ。
普段ならそこで何か事情があるのだと思い当たり、火鉢の側を覗き込んでも見るのだが、
生憎今日は疲れの所為か、自分が酷く邪険に扱われた気になった。
こんなにも、自分は他人の気持ちを無碍にしまいと働いてきた後だと言うに、と。
俺は火鉢以下か、と。
幸村:今日もさる御仁に、俺の兵法は成っておらぬと言われた。真田隊は突出が多いと。
いかに戦功を治めようとも、軍を率いるという意味では未熟だと言うのだ。
佐助:ふ~ん。確かに旦那って強いけど、突っ走っちゃうこと多いもんねぇ。
そういう点では、「まだまだ未熟よのぅ」な~んてな♪
幸村:それはお館様の口調のつもりなのか……?まぁ、某とて己の戦術に
粗が無いとは思わぬ………だが。主を平気で叱りとばし、身勝手な行動を取る、
一部の「高慢な部下」の為に諫められるは、些か不満ではあるな。
背が微かに反応し、ちらと視線を向けるのが分かった。
佐助:何それ。俺様の事言ってんの……?
幸村:事あるごとに馬鹿だ阿呆だと罵って、長々と説教を下す輩。お前以外に誰が居る。
佐助:………へぇ~。
くるりと此方を向いたその目には、微かな怒りが宿っていた。
佐助:兵法に長けた武将の話には納得出来ても、草風情の説教なんて
くそくらえって訳ですか。
幸村:それ見たことか。そうした粗暴な言葉を平気で用いる事こそ、
人を見下して居るというのだ!
佐助:アンタだって昔大将に言ってたくせに……。お偉い真田家のお坊ちゃまには、
育ちの悪い馬鹿忍の存在なんて、鬱陶しいだけみたいですねぇ。
幸村:お、お坊っ……某を愚弄するか!?
佐助:別にぃ~。俺様、お子様の癇癪にいちいち腹立てるほど阿呆じゃないしぃ~。
血が上っていくのが分かった。罵りばかりが頭を埋め尽くしていく。
幸村:~~~っ!!!………いつもコソコソと動いて忍のお前には、
戦のみ成らず政務外交、全ての矢面に立つ俺の気苦労など分からぬわ!
佐助:はっ、矢面?散々好き放題やらかして、尻ぬぐいは押しつける癖してよく言うよ。
幸村:誰も頼んで等おらぬ!いつまでも子供扱いしおって……助けなど無くとも、
俺は誰にも後れは取らぬ!忍のお前の至らぬ部分をこそ、
この俺が埋めてやって居るのだ。
佐助:至らないだぁ?忍働きがどんな物か知りもしないアンタが
それを補ってくれてるなんざ、随分と器用なこったねぇ。
幸村:………。真田は忍使いに長けた家系。お前が真田に来る前から、俺にとって忍は
身近な者であった。故に、忍の技を持って会得した戦術も数ある。
それは事実であった。
実際、佐助の言葉を受けて槍の振るい方を変えた為に、
相手の動きが読みやすくなり、無駄な手傷を負わなくて済んでいる。
だが、今はそんなことはどうでも良い。
幸村:つまり、俺は忍の技に、お前とさして変わらぬ程の知識がある上、
武将としての真っ向勝負では遥かに上の技量があるのだ。お前に「尻ぬぐい」等と
言われる覚えは毛ほどもない。
佐助:………忍のことは、俺と大して変わらない?技量が、上?
それ、本気で言ってんの?
幸村:俺は常に本気だ。お前の動きは無駄が多く、いつも苛々させられておるわ。
佐助:こっ……この……
今まで小馬鹿にした態度をとって居たものの、流石に頭に来たらしい。
頬がひくりと引きつり、眉間に僅かな皺が寄る。
佐助:じゃあ、忍の任で勝負して、俺様に勝てんの?
思わず目を瞬かせた。一体何を言い出すのだ、と。
佐助:苛々してるんでしょ?アンタの方が、俺様より技量も上なんだろ?
誰にも気付かれないうちに攻め入って、誰にも気付かれないよう片付けて、
何の証拠も残さずに消える。そういう戦い方も、旦那にとっちゃ楽勝なんだ。
そりゃ、是非とも見せていただきたいねぇ~。
幸村:………っ。
佐助:あ。なんなら今度、試しに忍の任務やってみる~?城に包囲網張ってる忍隊の
監視を誤魔化して、城主に見立てた人形やっつければイイっていう、
忍なら超~っ簡単な訓練があるんだけどぉ~。
もはや言葉尻をとらえるだけの屁理屈であったが、さきにそれを言い出したのが
己であることに違いはない。思わず言葉を飲み込みながらも、
目だけは反抗的に睨み返していた。その視線を受け、忍はゆらりと笑む。
勝利を確信した、はっきり言って憎たらしい表情だった。
佐助:出来るわけ無い…か。雄叫び上げながら槍ぶん回して、敵陣に突撃するしか
脳がないのが武士だもんねぇ。卑怯だ何だと言い訳するけど、
結局は「出し抜く」なんて技が「出来ない」んだもんねぇ。仕方ないよ。
幸村:誰が……出来ぬと言った……。
佐助:出来んのぉ~?大口叩いてもし出来なかったら……そうだなぁ
「破廉恥女装で城内一周」でもしてもらおっかな~?
幸村:ぐっ………。
佐助:その代わり旦那に出来たら、女装だろうが、額に阿呆って書かれようが、
団子製造器にされようが、真田丸で射出されようが文句言わない。
さぁ……どうする?
幸村:………。じょ、上等だ。女装でもなんでもしてやるでござるぁあああ!!!!
佐助:………………。え……………本気?
幸村:お前が直々に、俺の侵入を阻んで見せるが良い。音もなく城に忍び入り、
御首級頂戴仕ってくれるわ!
佐助:やめておいた方が身のためだと思うけどねぇ~。恥かくだけだよ?
幸村:貴様こそ、今から化粧の準備でもしておくことだな。
もはや、何が気に入らなくて口論を始めたのかも忘れていた。
互いに睨み合い、火花を散らす。
佐助:……馬っ鹿じゃないの。
やがて痺れを切らしたのか、相手が先に部屋を出て行った。
ぴしゃりと乱暴に閉められた襖から、冷たい空気が一瞬だけ流れ込む。
その寒さに、何気なく火鉢へと目をやった。
焼き餅の櫛が二本、そこに立てられていた。
口論をしている間に焼けすぎたのだろう。
やや黒ずみ、既に固くなってしまっているようだ。
佐助が置いていったものに、他ならない。
恐らく振り返らなかったのは、これに気を取られていた所為だろう。
外の寒さを思い、部屋を温めておく意味もあったのかも知れぬ。
幸村:………。
どこか緩みかけた感情を、頭を振って奮い立たせる。
悪いのは向こうなのだ。
自分の気苦労も知らず、勝手に世話を焼いて、偉そうな顔をして。
此方が主なのに、諫めて、馬鹿にして、子供扱いして。
それもどうせ「やってあげてる」と思っているに違いないのだ。
なんと高慢で、身勝手で、思いこみが激しい奴なのだろう。
忍のくせに目立ちすぎだし、あの鉢金はどういう仕組みでくっついてるのか分からないし、
毛はつんつんしてるし、ちょいちょい声は裏返るし、軽薄だし。
幸村:佐助なんか……大っっっっっ嫌いでござる!
――
かすが:お前が悪い。
佐助:な、何もそんな顔しなくても……。
情報収集にでも来たのだろうか。
城下町を町娘の出で立ちで歩いていた同郷のくのいちは、
茶に誘ってみたところ、心底嫌そうな顔で拒絶してきた。
超旨い店だから、奢るから、二分だから、と必死に説き伏せて付き合って貰い、
なんとはなしに昨日の一件を話して見たところ、深い深い溜息の後、
ずびしと指をさされて断言されたのだった。
かすが:主が右と言えば右を向き、左と言われれば左を向く。
それで幸せを感じるのが、真の従者というものだ。
佐助:どっかの歌謡曲で聞いたような台詞……。
かすが:まぁお前のような出来損ない忍には、到達し得ぬ境地かもしれんな。
だからと言って、反抗しても良いという理屈にはならないし、
何よりお前………大人気ないと思わないのか?
佐助:傷つくなぁ……。もうちょっと柔らかい言い方出来ないの~?
かすが:賛同して慰めて欲しいなら、他を当たることだな。帰る。
佐助:ままま待ってよ!もう少しだけ!ね!団子追加するから!
かすが:………。なんでも団子で釣れると思うな。(呆)
佐助:うぅ……なんか癖になってんだよなぁ……。まぁ……俺だって馬鹿じゃないし、
旦那の虫の居所が悪いっては、なんとなく感じてたよ。
それに食ってかかるなんざ、餓鬼臭いってこともね。
かすが:だったら適当に受け流しせばすんだことだろう。
何故よりにもよって勝負事などと言い出した?
佐助:………。ホント……なんでだろうな。
かすが:………(溜息)つくづく愚かだな。それで?
その勝負とやら、本気でやる訳ではないだろうな?
佐助:それがさぁ……見てよ、コレ。
――果たし状
昨夜の件。次の新月の夜、未の刻。
西櫓を城に見立てて行う。訓練用の武具等は当方で負担する。
万事仕度が調い次第、西門前に来られたし。
臆すること無きよう。――
かすが:………。阿呆ではなかろうか。
佐助:今朝届いたんだ。普通は精々矢文の所を、ご丁寧に槍に括り付けて
ぶん投げて来たんだよ……。死ぬかと思った……。
かすが:兎に角、向こうは本気と言うことだな。………受けて立つつもりか?
佐助:まぁね~。ここまでやられちゃ、引き下がるわけにもいかないっしょ。(笑)
かすが:あのな……。お前の主に、忍の働きなど出来る訳ないだろう。
ただでさえ喧しい男だ。注意力は散漫で、突入するしか脳が無く、
戦っている最中には、馬鹿丸出しの珍妙な雄叫びを上げ続ける。
佐助:ちょっと……さっきから、馬鹿だ阿呆だって。
其処まで貶されるいわれはないんだけど。
かすが:あの男では、忍び歩くことすらままならないに決まっている。
……何故受けるんだ。
佐助:……正直な話、俺もやってみたくなっちゃったんだよね……勝負。
かすが:?
佐助:楽勝?至らぬ部分を埋めてやる?くっくっく……上等だよ、旦那ぁ……。
精々頑張って忍ぶんだね……泣いて喚いたって待ってなんかやらないよ。
忍の本気、みせてやるぜ!(燃)
かすが:………根本的に馬鹿なんだな、武田の男共は。
その時、凛とした声が響いた。
幸村:よふほ言うは!
かすが:何処が凛としているのだ。口に団子を入れたまま喋るんじゃない。
佐助:旦那!?……聞いてたの?
幸村:(ごくん)ぷは~っ!……旨い!……来たのは今し方だ。
だが、お前の言葉はしかと聞いたぞ、佐助。真剣勝負……楽しみにして居る!
佐助:俺様も。すごぉ~く、楽しみ♪
かすが:……。
幸村:時にかすが殿!
かすが:っ!!!な、なんだ?
幸村:少々話がしたい。付いてきてくれぬか。
かすが:……?私には、貴様と話すことなど……
幸村:さぁ、此方でござる。(走)
かすが:なっ!ちょ……て、手を離せ!何なんだお前は!(去)
佐助:……。ま、何をする気なのかは、大体想像付くけど。(帰)
親爺:お客さん。支払い、まだですよ。
佐助:あ、そっか。御免御免。いくら?
親爺:へい。しめて十両いただきやす。
佐助:はいはい…………って、はぃいいっ!?十両!?団子で!?
親爺:へい。後から来なすったお連れ様の分も含めて、確かに十両でございます。
佐助:………。今月の給料が……(泣)
かすが:それで?一体何の用だ。勝負の前にアイツの息の根を止めろと言うのなら、
破格の安値で引き受けてやるぞ。
幸村:そ、そのようなことを頼むわけなかろう!!!!某は……その……(ごにょごにょ)
かすが:……(茫然)
幸村:………(真剣)
かすが:断る!
幸村:な、何故でござるか!?上杉殿には、既に許しを貰っておるというに……
かすが:こんなことばかり妙に手際の良い……。「何故」は此方の台詞だ!
私が貴様に忍の指南などと……そんな面倒なことを引き受ける義理が
何処にある!
幸村:しかし……このまま挑めば敗北は必至。教えを請わねばどうにもならぬ。
かすが:敗北して当然と思うなら、潔く詫びるなり何なりすればいいだろう。
幸村:武士の魂がそれを許さぬのだ!
かすが:くだらない……。己の非を認められぬ未熟さを、武士の教えの所為にするな。
お前はただの、意固地になった子供にすぎん。
幸村:ぬ、ぬぅ……。
かすが:第一、忍の技は、一朝一夕で得られるものではない。
分かったなら大人しく帰れ。私とて暇ではない。甘い顔をするにも限度があるぞ。
幸村:…………。
かすが:………私は帰るからな。
幸村:………。かすが殿にしか頼めぬのだ。
かすが:う……。
幸村:忍隊に頼んでもみたが、「長と勝負ぅ?無理無理!諦めた方が身のためですって」
と取り合うてくれぬ。他に忍の知り合いと言えば風魔殿がおられるが、
そもそも会話が成立せぬ……。
かすが:……。
幸村:お館様が認めし武将、上杉謙信。その御方が己が刃として信頼する忍。
なればこそ、我が忍術の師に相応しいと思うたのだ。
かすが:………お、煽てても無駄だからな!(にやにや)
幸村:某にはそなたしかおらぬのだ!頼む!
かすが:そ、その犬みたいな顔をやめろ!……(溜息)だが、まぁ……
謙信様のお許しがでたのであれば、付き合わねばならんのだろうな……。
幸村:で、では!
かすが:その代わり、やるとなったら必ず勝て。いいな?
幸村:無論でござる!
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