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戦国BASARAの二次創作文。 政宗、幸村、佐助、元親、元就が中心。 日々くだらない会話をしてます。
Posted by - 2025.01.22,Wed
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Posted by 今元絢 - 2010.07.20,Tue

蒼林檎様よりリクエスト分。
「やさぐれ幸村を餌付け大作戦!」
真田主従現代転生物
(シリアスベースのコメディ風味でとのことでしたが
 ややコメディ色強いです……)

・学園パロですが、いつものとは別物とお考え下さい。
(いつもの野郎共は、多分転生とかしてないです。
 ただ何となく学校通ってるだけ)
・片方にのみ記憶が残っているというパターンです。
・珍しく筆頭じゃなくて、幸村が友達居ない子です。
・佐助がいつも以上にヘタレてます。

以上を踏まえまして、OKと言う方はつづきからどうぞ~


もうすぐ祭りの季節だね。
今年は雨が降らないと良いんだけど。
冷やし飴を買って、花火見ながら、またあの河川敷で食べようよ。

もう少し涼しくなったら、裏の山へも行こうね。
毎年芋芋騒いでるアンタのことだから、
その他にも美味しい物が沢山あるなんて知らないだろ?
とびきり上等の、甘い実がなってるところがあってさ。まぁ楽しみにしてなよ。

雪が降る頃になっても、今年は大丈夫だよ。
上等のかい巻きがありますからね。
こんなの俺の仕事じゃないのに、気合い入れて作っちゃいましたから。
まぁちょっとばかり、気が早いかも知れないけどさ。

そして、桜が咲いたら………


その人は笑って、「そうだな」と答えた。
それは本当に柔らかくて穏やかで、
消えてしまいそうな笑みだった。

――

「………。」
夢なんていうのは、大概起きた瞬間に忘れてしまうものである。今だってそうだ。
珍しく内容は覚えていたが、そこで目にしたのが誰だったか、どんな顔をしていたか、
まるで思い出せない。
なんだかとても、よく知っている人のような気がしたけれど。
「電車で夢までみるとか、どんだけ熟す……いいいいいいいいいいいいいいっ!?」
考えるより先に動く身体というのは、こういう時に有り難い。
下りるべき駅名を確認した瞬間、猛然と駆け出し、閉まりかけのドアをすり抜け、
殆ど転がり出るようにホームに着地した。
「セぇぇぇーフ……」
周囲の視線が痛かったが、気付かないふりで押し通す。
初日から遅刻では、印象は最悪だ。男共にどう思われようが構わないが、
折角「転校生」という美味しいラベルを手に入れた以上、
女の子には謎めいた雰囲気を感じさせておきたい。そして行く行くは……
などと、ふしだらな妄想を脳内に咲かせつつ、駅の階段を上がる。

新たな自宅となったマンションから学校までは、地下鉄で5駅ほど。
部屋は整ったワンルームで、申し分ない条件である。
問題は、何故身の上もはっきりしない自分が、突然こんな厚遇を受けているかで。

「お礼……ねぇ」
元々高校には通っていたが、一年を終わる頃に辞めた。
何のことはない。金銭的な事情である。
「親」と呼べる人間は、物心ついた時から居なかった。
遠い親類だとか言う人間から援助を受けて、なんとか人間らしく暮らしていたものの、
いつまでも学生の身に甘んじているのは肩身が狭い。
働き口も見つけて、一人なんとかやりくりしていたのだ。
そんなときに出会ったのが、あの妙に暑苦しいおっさんだった。
そう大した出会いではない。勤め先での出来事だ。
坂の下にいたおっさんに、ストッパーの外れた台車が突進していたので
ちょいと蹴飛ばして進行方向を変えてやったのだ。
そのまま激突していたら、ちょっとした惨事になっていたろう。
おっさんはやたら感謝し、人の顔をじろじろ見てきた。
あれこれ質問もされ、いい加減変な趣味でも持って居るんじゃなかろうかと疑いもしたが、
その日は名刺だけ置いて姿を消した。
その後自分は、そのおっさんから、ある仕事を引き受けることになる。
それが即ち、これ。ある学校に通え、と。
別段、何をするというわけでもない。ただその学校に通い、生徒として暮らし、
たまに近況を知らせてくれればよいと。住処も、卒業後の進路も保証すると。
あまりの条件に、疑うなと言う方が難しい。
おっさんの説明では、どうもその学校に、おっさんの縁者が居るらしい。
それが上手いこと社会に適応できない奴で、早い話、浮いているというのだ。
そいつと友達ごっこをしてくれとか言い出すのならお断りだと思っていたが、
おっさんはその縁者の名すら教えようとはしなかった。
ただ、そこに居るだけで良いと、何故か悪戯を企む餓鬼のような顔で言った。

釈然としないものを感じつつも、タダ飯が食えるのは有り難い。
自分は、その役を引き受けた。
一通りの手続きや、面倒な学校案内なんぞというものを済ませ、
今日から本格的に生徒としての日常が始まる。
前に通っていたのは一年足らずだが、なんとか二学年に編入することが出来た。
自分も健全な若者だ。煤けた倉庫で、一日中荷物運びと伝票整理に追われるより、
同じ年頃の人間達と、遊び呆けていたいと思う。
購買でパンを買ったり、文化祭に出たり、彼女を作ったりしたい。
勉強は……まぁどうでもイイ。
兎に角自分は、胡散臭いおっさんに用意された生活であることも忘れ、
目の前にあるのは薔薇色のハイスクールライフであると信じて疑わなかった。

それは、一瞬で崩れ去ることになる。

「もんげわぁあああああああああああああっ!!!!!!!!」
ごろろろろろろろ………べち。
聞いたこともないジャンルの悲鳴と派手なアクションを伴って、
自分の脇を何かが転がり落ちていった。
ちなみに駅の階段は真っ直ぐで、踊り場まで15Mほどもある。彼方で痛そうな音がした。
首をぎしぎしと動かして背後を窺うと、転がり落ちていったのは男のようで、
踊り場の辺りでぴくぴくしていた。頬を汗が伝う。
あんなに綺麗に転がる人間など初めて見た。なんだろう。映画の撮影とかだろうか。
再びぎしぎしと首を動かし、正面に向き直る。階段を上りきった場所。
背後に陽を受けて、誰かが佇んでいた。
逆光で顔はよく見えないが、一つだけはっきりしていたのは、
その人物が自分と全く同じ制服を着ていることと、
彼の周りに、呻きながら転がっている人間がうじゃうじゃいたことだった。
「…………。」
見下ろしていた男は、自分に目もくれず、踵を返して去っていった。
尋ねずとも分かる。呻いている奴等を殴り飛ばしたのも、そして恐らく
踊り場にいる男を蹴り落としたのも、今の、あの男だ。
振り向き様に、長い髪がくるりと跳ね、それはまるで獣の尾のように見えた。
「な………なんだっての?」
もしや自分は、とんでもないヤンキー学校に入学させられたのだろうか?

予想に反し、その学校は至って平和に見えた。
担任だという教師に案内され、教室へ向かう間。
教師がすれ違う生徒達に簡単に自分を紹介すると、それなりに暖かな反応を返してくれた。
新参者への値踏みするような眼差しも感じたが、少なくとも悪意はないだろう。
チャイムが鳴り、皆がたがたと席に付く。教師に促され、教室に足を踏み入れた。
全員の視線が、一気に自分に集中する。
殆どは期待に満ちているが、少々敵意を感じるものもあった。
どうも真面目そうな連中からそれを感じるのは、まあ明るい髪色の所為だろう。
生まれつきなのだから仕方なかろう。そんな目で見るな、そこのメガネ。
担任からどこそこの高校から来ただの、仲良くしてやれだの、
髪は地毛だから校則違反じゃないぞぉだの、どうでもイイ紹介があった後
自己紹介をするよう促された。
入学式後のように、全員が一斉に自己紹介をする場合なら兎も角
こういう自分一人がやり玉に挙がっている場面において、第一声はかなり重要だ。
真面目に行くか、ウケを狙うか。そんなことを考えながら、教室を見渡した時、

ひとりの人間が目に付いた。

一番後の、窓際の席。制服のYシャツの上にパーカーを羽織り
その帽子をすっぽりと被った少年が腰掛けていた。
背もたれにだらりと体重を預け、俯いているのに何故か態度が大きく見える。
転校生など毛ほども興味がないらしく、微かに除く口元は、不機嫌そうに歪んでいた。
うっわぁ………なんだあれ。
全力で問題児の看板ぶら下げている奴に関わりたい人間など居ない。
少年から視線を逸らし、努めて明るいキャラクターを装って名乗った。
「っとまぁ、詳しい紹介は後で個人的に!つーことでよろしくおねがいしまぁ~っ……」
「佐助!?」
教室の後で、椅子の倒れるけたたましい音がした。反対に生徒達は静まりかえる。
例のパーカー少年が立ち上がり、目をまん丸に広げて此方を見ていた。
勢いよく立ち上がった反動か、帽子がはらりと脱げる。
露わになった首元から、一つに括った髪が、ぴょこりと飛び出していた。
「あ、あんた……さっきの……」
少年は酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせ、
生徒達と教師は、落ち着き無く自分と彼を見比べていた。

「お前さぁ、アレと知り合いなの?」
自己紹介の後。予想通り、自分は生徒等に取り囲まれた。
誕生日だの血液型だの、好物だの彼女の有無だの、根掘り葉掘り尋問され、
最後に満を持してとばかりに質問されたのが、それだった。
「アレ」と言って、男子生徒が目で示したのは、無論あのパーカー少年である。
彼は自分の席から、視線で射殺そうとしているのかと思うほど、じっと此方を見ている。
「いやいや、朝ちょっとすれ違っただけ。ほら、あの人印象強いじゃない」
「まぁ、確かに」
生徒達はふみふみと頷きあった。あんな登場の仕方で、忘れろと言う方が不可能だ。
「けど、向こうは興味津々みたいだぞ」
それは分かっている。
分かっているが、敢えて気付かないふりをしているのだから突っ込まないでほしい。
「いきなり呼び捨てだし、なぁんか昔から知ってるみたいな感じよね」
女子生徒の一人が、何故か楽しそうに彼を自分を見比べた。やめてくれ。
「気をつけろよ。お前、なんか良いように使われそうな顔してるから」
男子生徒が肩を叩きながら心配そうに言ってくれたが、大きなお世話である。
「気をつけた方が良いのは本当よ。あの人、札付きの不良だから」
言われずとも解る。札どころか、電光掲示板が下がっていそうな危ないオーラだ。
「アイツが普通じゃないのはそれだけじゃなくてな、ひょっとすると人間ですら………」
「佐助」
気付けば、パーカー少年があ直ぐ近くで自分を見下ろしていた。
一瞬にして周囲に緊張が走る。
「………あの………なんでしょう?」
「少し話がしたいのだが、良いだろうか?」
話?話というか、しめるとかしめないとか、そういう拳骨での会話じゃなかろうか。
助けを求めようと周囲に視線を送ったが、皆そそくさと離れていった。薄情な連中だ。
仕方なく、彼に向き直る。
「えっと………話って……?」
「ここではまずい。付いてきてくれるか」
ほら来た。はい来た。やっぱり来た。
「無理だよ。もう授業はじまるから……」
「そうか………そうだな。なら、昼休みだ。空けておいてくれ。」
「え………」
「どうしても、話がしたい。頼んだぞ」
見計らったかのように、チャイムが鳴った。
生徒達がそそくさと席に付き、彼もまた、自分の席へと戻っていった。
教師が入ってきて、号令が掛かる。頭を下げながら、ちらと背後を窺った。
彼は意外にも、律儀すぎるほどに頭を下げていた。その顔はどこか期待に満ちている。
眉を顰めていると、後の席からつつかれた。
目を向けると、先程の男子生徒が何かを渡してくる。
それは「健康祈願」と書かれた御守りだった。
そして彼を含め、数人の生徒達が、自分に向かって合掌してくる。
「アレ」に目を付けられたのが運の尽きとでも言いたいらしい。この野郎……。

そして、昼休みがやってきた。
つかつかと近付いてきた彼に「付いてこい」と言われ、逆らう言葉も出ぬまま後に続く。
葬送行列のような足取りで廊下を歩き、予想通り、体育館裏に辿り着いた。
こんな場所ですることと言ったら、告白と決闘以外にない。
前者は当然除外されるので、精々いつ飛びかかられても良いよう身構えるしかなかろう。
「お前は……」
彼は被っていたパーカーの帽子を外し、伏せていた視線をゆっくりと持ち上げた。
「覚えて……いるのか?」
 酷く不安そうに、彼は上目遣いで自分を見ていた。
「あ……いや。公共の場で喧嘩ってのはアレだけど、忘れろって言うなら忘れるし、
 俺、そういうのに関わる気もないって言うか……」
「何の話だ?」
彼は訝しげに眉を寄せた。
「何のって……今朝の話じゃないの?」
「今朝?………違う。もっとずっと前の!お前は……お前は俺の!」
彼は急に言葉に力を込め、ずいと迫ってきた。
殆どつかみかからん勢いに気圧され、数歩後退る。
俺のって何だよ。まさか、目的は前者の方だったとでも言うのか。
不良は不良でも、そっちの不良だってか。おいおいおい、勘弁してくれ。
「いやあ何かの勘違いでしょう。僕たち今日が初対面だと思うなあ」
手と掲げて制しながら、棒読みで答える。
すると彼は、気が抜けたようにゆっくり身を退いた。
「初対………面……」
「そ、そうそう!初対面……って、あれ?」
彼はへなへなと地面に座り込んだ。
なるべく視線を合わせないようにしていたので気付かなかったが、
よく見れば年の割にあどけない顔をしていた。
まん丸い目と、獣のように柔らかそうな髪が相まって、項垂れているその姿は
さながら叱られた子犬のように見えた。
今朝階段上に見た、鬼か蛇の如き威圧感の塊とは、まるで別人である。
なんとなく自分が悪いことをしたような気になって、しゃがみ込んで様子を窺った。
「御免……俺、なんか悪いこと言ったみたいだね」
彼はふるふると首を振ったが、その口元が泣き出すのを堪えるようにへの字になっている。
小学生を虐めているような心境になってきた。
事実を述べているだけなのに、何故こんなに申し訳ない気分になるのだろう。
「佐助は……悪くない。悪く……ない……」
だったら何故、半べそで人の袖を掴む。
行き場のない罪悪感に、途方に暮れていた時だった。
「さぁぁぁなだぁあああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
けたたましい罵声と破壊音。正門の方からだ。金属と金属のぶつかる音がする。
声から察するに、どうも柄の悪い連中が、金属バット的な何かで、
破壊活動をしているらしい。世に言う、殴り込みという奴だ。瞬間、彼が顔を上げた。
急に頭が上がったので、自分の顎に見事にヒットする。かなり痛い。
涙目になる程だと言うのに、彼は毛ほども痛くないらしく、すっくと立ち上がった。
「な、何事……?」
顎を押さえて見上げると、彼はきっと正門の方へ視線を向けた。
「今朝の仕返しと言う所だな。俺の名を呼んでいる以上、見過ごすわけには行かん」
駅前で彼が殴り倒していた連中は、制服から察するに他校の生徒だった。
仲間がその報復にとやってきたので、迎え撃つと言うことらしい。
「俺……B-○APハイスクールだがク○ーズ・ゼロだかに転校しちゃった訳……?」
「びぃ……?何を言っているのか解らんが、手間を取らせた。
 俺は………自分のやるべき事をしてくる」
「へ?あ、ちょっと!」
彼は聞く耳を持たず、そのまま駆けだした。
一瞬、気付かなかったことにしろという意見が脳裏を過ぎったが、
結局自分は、彼の後を追っていた。

「あああっ?っまえ、ってっと、すぉ?ああっ!?」
校門の前に屯していたのは、色取り取りの頭だった。
ずるずるの汚らしい衣装に、じゃらじゃらとアクセサリーを身に付けている。
それらが身体に穴を空けて装着するタイプのものであることは、言うまでもないだろう。
不良と言うより、熱帯雨林の奥地の先住民みたいな風貌であったが、
その難解な言語からは、とりあえず彼等が、とっても怒っているらしいことは分かった。
そんな彼等を真正面に見据え、例の少年はすっくと立っていた。
臆した様子も、かといって馬鹿にした様子もない。そして彼は、静かに言った。
「ここは勉学の場、貴様等の如き不逞の輩の来る場所ではない。早急に立ち去れ」
武士か。と、突っ込みたいような、ご丁寧な警告だった。
だがその言葉は、不良共にとって挑発以外の何者でもない。
「おめぇ……よっぽど俺等をキレさせてぇみてぇだな……」
鉄パイプだか釘バットだかエクスカリバーだか知らないが、
連中はなんだか物騒なものを手にし出した。
相手は20を越えている。
駅前で見かけた少年は、どうも喧嘩には強そうな雰囲気だったが、
それでも武器を持った相手を丸腰でこれだけ相手にすれば、ただでは済まないだろう。
両手をメガホン代わりに、ぽそりと呟く。
「あ、あのさ、なんだか知らないけど、暴力はよろしくないんじゃないかなぁ……?」
「っせぇ!外野はすっこんでろ!」
怒られてしまった。いや、怒られて済んだだけで良かったかも知れない。
相手は人に迷惑をかけることに命をかけているような連中だ。
うっかり巻き込まれてはたまらない。
少年は相も変わらず、不良達を見据えていた。連中はじりじりと距離を詰めてくる。
一触即発、そんな空気が辺りに立ちこめていた。
ふと周囲を見渡すと、校舎の窓から沢山の顔が覗いていた。
生徒達が安全な場所から見物しているらしい。呑気に眺めてないで、止めろよお前等。
………まぁ、自分も偉そうな事を言えた義理ではないが。
「ねぇ。ちょっとー。もしもし~?」
不良達に声を掛けても無駄だ。今度は少年の方に声を掛けてみる。
だが彼は、自分のことを呼ばれていると思っていないのか、全くの無反応だ。
ここは名前で呼ばなければならないだろう。だが今日は転校初日。
自分は皆に対して名乗ったが、クラスメイトの名前など、
席が近くの数名を把握した程度だ。少年の名も、無論知らない。
確かさっき、不良共が大声で彼の名を呼んでいたのだが何だったか?
こう、サ行だったのはなんとなく覚えているのだが……
「す、鈴木くん?斉藤君?仙道く~ん!」
駄目だ。全くヒット無し。不良達は少年まで後数歩の所まで迫っていた。
このまま行けば、確実に血で血を洗う喧嘩が始まる。
「ねぇってば!アンタだよアンタ!やめなさいって!聞いてる!?」
直ぐ逃げられるよう距離だけ取りながら、少年に呼びかける。
だがやはり彼は反応しない。とうとう両者とも、臨戦態勢に入った。
「ねぇ!ちょっと!人の話を聞けっての。喧嘩は駄目だって。
 ボク~?長髪さ~ん。アンタだってお兄さん!聞けよもう………旦那ってば!」
そう言葉を発した瞬間、なんとも言えぬ違和感が背を走り抜けた。
いや、これは違和感といべきなのだろうか?寧ろその逆。
――ひどく、相応しい呼び名のように感じた。
「さすけ!」
少年が振り返る。まん丸い目をさらに丸くして。
それをこれでもかというくらい輝かせながら。
子犬が「骨付き肉を丸ごとくれてやる」とでも言われたような表情で。
「うっらあああああ!」
だがそれと同時に、彼の後でパイプを振りかぶる男の姿が見えた。
「あ……!」
ぶない。
そう言い終わる前に、男の姿は消えていた。
校舎から見ていたギャラリーからも、不思議そうな呟きが聞こえる。
からんと、音がした。パイプが地面に転がる音だ。
次の瞬間、男が天空から降ってきた。
「んなぁっ!?」
自分の直ぐ真上だ。慌てて飛び避ける。
空から降ってくるのは、三つ編みの少女だけにしてほしい。
びたぁっと痛そうに地面に落ちた男の顎には、くっきりと靴跡が付いていた。
つまり、少年に蹴り上げられたのだろう。
滞空時間に此方が思考を巡らせることが可能なほど、高く。
「………」
辺りが凍り付く。
その中で少年だけが、大股で歩いていた。此方に向かって。
「佐助!お前、もしや思い出……」
「なめやがってぇぇぁああああああああああ!!!!!!」
不良の一人が、勇気を振り絞ったらしく拳で向かってきた。が、
「今忙しいのだぁあああああああああああああ!!!!」
少年が繰り出した拳と、不良の拳が激突した。
不良の身体が微かに萎縮したかと思うと、バネが弾けるように吹き飛ぶ。
空襲で錐揉みし、2,3回バウンドした挙げ句、用具倉庫に突っ込んだ。
朦々と石灰が舞い上がる。再び、辺りを静寂が支配した。
「だいっっっじな話をしておるのだ!邪魔立てする輩は容赦せぬ!
 それでも俺に向かってくると言うのならば、相応の覚悟をして参られよ!」
硝子窓が震えるほどの大声で捲し立てた後、少年はくるりと此方を振り返った。
「佐助、もう一度!もう一度呼んでみてはくれぬか!?」
髪が尻尾のようにハタハタと揺れそうなほど、期待に満ちた顔で。
「いや、あの……」
「さっきと同じように、もう一度!」
一体なんだというのだ。もう勘弁してくれ。
彼の人間離れした戦闘力をみただけで、とうに逃げ出したい衝動に駆られていたのに
こう迫られては身動きが取れない。
その間に不良達は、じりじりと集合していた。
どうやら個々では適わないと判断したらしく、まとめて突っ込んでくる気らしい。
「さぁぁなだぁあああああああ!!!!!」
不良達の雄叫びに、少年の目が赤く光った。ような気がした。
何度も会話を邪魔され、腹が立ったらしい。
「よかろう、全力にてお相手いたす」
少年は一気に不良達との距離を詰めた。不良達が、各々の武器を振りかぶる。
その間を軽々とすり抜け、少年は蹴りや拳を繰り出す。
ギャラリーから、「手、増えてね?」などという呟きが聞こえた。
つまり、まともに目視できないほどの速さなのである。
男達が噴水の水のように舞い上がって吹き飛ばされていく。
これほどの騒ぎだというのに、何故教師達は顔を出さないのか。
大方、ギャラリー達同様、安全な所に身を置いているのだろう。
このまま放っておいたら、益々惨事になりかねない。
周囲を見渡す。開け放たれた窓が目に付いた。
数人がびくびくしながら覗いているが、なんとか中の様子が垣間見えた。放送室だ。
窓を乗り越え、中に飛び込む。放送委員であろう女子達が、小さな悲鳴を上げた。
手近にあった拡声器を手に取り、「サイレン」と描かれたボタンを押した。
辺りにけたたましいサイレン音が鳴り響く。放送委員達は耳を塞いだ。
「やばっ!」
「警察!?」
不良達の血の気がさっと引いた。追い打ちとばかりに、拡声器で叫ぶ。
「キミタチハ包囲サレテイマス。サッサト立チ去リナサ~イ」
明らかにおかしな忠告だったが、不良達は大慌てで仲間を担ぎ、
バイクに飛び乗って去っていった。
校門の前には、きょとんと目を瞬かせる少年だけが残された。

騒ぎが収まった後、職員室に呼ばれた少年は、長々と説教された。
何故か自分も関係者と見なされ、一緒に説教される羽目になった。
あれだけの騒ぎの最中、お前達教師は何をしていのだと問いたい。
まぁ、もめるのは面倒なので、敢えて口にはしないが。
職員室を出た後、少年は目に見えて項垂れていた。
学校に迷惑を掛けるなだの、あんな連中と関わり合いになるなだの、
教師達の勝手な言い分で塗り固められた説教を、真正面から聞いていた所為だろう。
あんなもの、適当に聞き流しておけばよいものを。
「あのぉ……真田……くん?」
確か不良共は、少年のことをそう呼んでいた。少年が顔を上げる。
「お前は俺を……そう呼ぶ……のか?」
彼は何故か、益々落ち込んだように見えた。
「いや、さっきは正直名前が分からなかったから適当に呼んだだけで……
 あの……ごめん。名前違ってた?」
彼はふるふると首を振る。そして、ぽつりと呟いた。
「すまなかった」
「は?」
謝罪されるようなことがあったろうか?
強いて言うなら、頭上に人間を吹き飛ばされたことくらいか。
「お前を……巻き込んだ。何も……知らないのに、俺の、身勝手で……」
絞り出すような声で、言う。
彼が巻き込んだと言うより、自分から巻き込まれに行ったという方が正しいだろう。
気に病むなと宥めてみたが、彼は首を振るばかりだった。
そして、「もう自分に近付かない方がいい」と、言った。
「なんで?」
きょとんとして問うと、彼は深く俯いて、か細い声で言った。
「お前にまで気味悪がられるのは………嫌だ……」
は?気味悪い?確かに人間離れした戦闘力には恐れ戦いたが、気味悪いとは思わない。
寧ろ男子たるものとして、尊敬の念を抱かないこともない。まぁ喧嘩は御免だが。
「気味悪いなんて思ってないよ。真田くんって、強ぇんだなぁと思ったけど……」
「俺は!」
不意に彼が顔を上げた。その顔は泣き出しそうで、でも何処か、怒りも孕んでいた。
「俺は………俺が許せぬ……」
「は、はぁ……」
なんだろう。随分青春まっしぐらな恥ずかしい台詞に聞こえるけど。
「兎に角!もう俺には近付くな!」
彼はびしりとこちらを指差し、そのまま踵を返して走り去った。
その後ろ姿を、ただ茫然と眺めることしかできなかった。

それから数日、真田少年は目に見えて自分を避けるようになった。
転校生という美味しいラベルによって、幸い友人に不自由はしなかったが、
それでも彼の「自分の姿を見るなり音速で逃げる」というあからさまな行動は、
友人達を唖然とさせるには十分だった。
すなわち、「お前、あの真田が逃げるって……何したの?」と。
「何もしてないって!」
毎回主張するのだが、友人達の視線にいい加減居たたまれなくなってきた。
「お前ってもしかして……見かけによらず、すっげぇ喧嘩強いとか?」
「ないない」
「親が組長とか?」
「違います」
「何か強烈な弱みを握って、真田を顎で使っているという噂もあるぞ」
「どんな悪人だ俺は!」
まずい。どんどん尾ひれが付いている。
懐かれていても、懐かれなさすぎても周囲から警戒される。
何なんだ、あの少年は。
「一回ちゃんと話しとかないとなぁ……」
机に頬杖をついて呟く。
極端に仲良くすると面倒そうだが、今のままも困る。
「おお、ちゃんとケリ付けるらしいぞ」
「決闘だ決闘だ!」
「違うから!」
勝手に盛り上がる友人達を適当に諫め、空席になっている彼の席を見やる。
既に授業は終了しているので、さっさと帰宅してしまったのだろう。
友人達はこれから部活動に向かうらしい。
自分も早く何処に入部するか決めろと言われていたが、
正直熱心な部活は避けたかった。殆ど活動していないような部を選ぶつもりだ。
自分には、学校の様子をおっさんに知らせるという指名がある。
出来るだけ、他の「義務」を持つことは避けたかった。
面倒ごとは嫌い。楽、大好き。
だと言うのに、何故出だしからこんな面倒を背負い込んでいるのだろう。
「んじゃ、お先~」
友人達に手を振りながら、教室を後にする。一体どう説得したものかと考えながら。
「普通にして」。駄目だ。普通って何だとか言われそう。
「避けるなよ」。なんだか女に逃げられた哀れな男みたいだ。
「クラスメイトなんだし、仲良くしよう」。でも懐かれすぎてもなぁ。
うだうだ思考を巡らせているうちに、校門をくぐっていた。
そう言えばサラダ油を切らしていた。スーパーに寄っていくかと方向を変えると、
目の前に、先住民のような男が立っていた。
「えっと……」
どう挨拶したものか口籠もっている間に、視界が真っ暗になった。
何やら硬いもので殴られ、意識が飛んだのだと理解するまで、かなりの時間を要した。

「漫画か!」
目が覚めた瞬間、自分の状態にツッコミを入れずにはいられなかった。
ガムテープで雁字搦めにされた手首。
周囲には、物騒な武器をにぎにぎしているお兄さん方、総勢50名。
場所はどうやら海辺の倉庫。世に言う、拉致監禁という奴だ。
「恨むなよ。あんな野郎とつるむから、こんな目に遭うんだぜ?」
不良共は、何がそんなに面白いのか、甲高い声でけらけらと笑った。
彼等が皆まで言わずとも解る。自分は真田少年を呼び出すための餌。
そして、抵抗させないための盾。
「いや、もー恨むとか何とか言うより……」
こんな手段を、実際に使用する奴が存在している事実に驚きだ。
リーダー格らしい男が、自分のポケットから携帯電話を抜き取った。
そして勝手に操作し始める。ああっ!彼女との嬉し恥ずかしなメールが見られてしまう!
……ってまぁ、そんなものが実際にあるのなら、もう少し高校生活も華やぐのだが。
「………。ねぇな」
男が呟いた。どうやら50音検索で、真田少年の番号を探しているらしい。
「おい。お前あだ名とかで登録してんのか?」
男が言った。そんな女子みたいな真似するか。そもそも自分は彼の番号など知らないのだ。
そう主張すると、不良達がざわめいた。
「おい……本当に此奴、真田の舎弟なのか?」
いや、舎弟って……。
「人質の価値、無ぇんじゃねぇの?」
虚しいこと言うな。
リーダー格の男は渋い表情で唸っていたが、やがて何人かの手下を呼んだ。
どうやら、彼等に直接真田少年を呼びに行かせるらしい。
「あのぉ……すいません」
おずおずと問いかけると、数人が「ぎぬろ」と此方を睨んできた。
「真田くんが来なかった場合、俺ってどうなります?」
愛想笑いの貼り付いた顔で言うと、男達は顔を見合わせた。
「まぁ……多分腹いせに」
嘘だろ……。つまり、八つ当たりでボコボコにされるということだ。冗談ではない。
かといって、自分に人質としての価値があるとも思えない。
彼が義理堅い性格で助けに来るも、自分を盾にされたとしたら、それはそれでやるせない。
少女漫画のヒロインなら泣いて喜びそうなシチュエーションだが、
男の面目丸つぶれである。
だが、腕を柱に固定されていては何も出来ない。
大人しく、成り行きに身を任せるほか無かった。
――数分後。
いい加減苛々し始めたのだろう。男達の数人は、貧乏揺すりをしていた。
これは本格的に八つ当たりされる危機である。逃げ場を探そうと視線を巡らせた時、

……声がした。

男達が腰を浮かせる。
あの喉を少しも労らない大声。しかも叫んでいるのは、
「さぁぁぁすけぇえええああああああああああああああああああああああああああ」
自分の名。間違いない。彼が来たのだ。
不良達の顔に笑みが浮かぶ。
騒々しい雄叫びとけたたましい破壊音は、あっという間に倉庫の入り口まで到着した。
「さすけえええええええええええええ」
そのまま入り口を通過し、暫くスライディングした後、慌てて走り戻ってくる。
少し落ち着けと言いたい。
「佐助!」
自分の姿を確認すると、彼はくわっと目を剥いた。
「ははは……どうもー……」
適当に挨拶すると、彼の眉間に見る見る皺が寄っていく。
その様を、不良達は心から楽しそうに笑って言った。
「調子に乗りすぎたようだな真田。たった一人のお友達を痛い目……」
「貴様等佐助に何をしたぁああああああああああああああああああああ!!!!!!」
男が言い終わらないうちに、彼は跳躍した。
見下すように立ちふさがっていたその男を、俊足で蹴り倒す。
男は顔面から固い地面に突っ伏し、微動だにしなくなった。彼は肩で息をしている。
怒りに駆られた表情からは、数メートル離れた場所にいても歯軋りが聞こえてきそうだ。
「さ、真田……てめぇ自分の立場が分かってねぇようだな!こっちには人質……」
「黙れ下賤の者共め!貴様等まとめて、焼き尽くしてくれようぞぁあああああああああ!」
どうやら怒りに我を忘れているらしい。
「これ、逆効果だったんじゃなーい……?」
傍らの不良Aに呟くと、彼はつつと脂汗を流した。
不良達は暫く茫然としていたが、漸く我に返ったらしく、
武器を手に彼に襲いかかっていった。
中にはバイクに跨り、跳ねようとでもしているのか、そのまま向かっていく奴まで居る。
この前より圧倒的に分が悪い。
「さ……!」
呼びかけようとして、次に目にした光景に、声を呑み込んだ。
彼の拳が火を噴いたのだ。比喩的な意味ではなく、目に見える、紅蓮の炎を。
炎の風に撫でられ、不良共は顔を覆って転げ回った。
バイクも慌てて停車する。ガソリンに引火して爆発なんて事にもなりかねない。
「鬼みてぇに強ぇって噂は聞いてたが……本当に化け物じゃねぇか……」
不良の一人が、掠れる声で言った。
人が火を噴く。そんなこと、科学的に有り得ない。だが、目の前にその人間が居る。
世の中にはまだまだ自分の知らない未知の世界があるのだ。
……などと感心している場合ではない。倉庫内を、炎の風が荒れ狂った。
熱風と言うにもあまりにも熱すぎる風が、ぎりぎりの所を通り過ぎていく。
出来る限り身を小さくして、事が収まるのを待つほか無かった。

やがて、男達の大半が大人しくなった。
皆呻き声を上げながら、地面に転がっている。
倉庫の壁は真っ黒に焼け焦げ、死人や重傷者が居ないのが不思議なほど、惨憺たる光景だ。
その中で一人、彼だけが佇んでいた。その腕には、未だ赤く揺らめく炎が絡みついている。
「あのぉ……」
おずおずと声を掛けると、彼の表情からすっと怒りが消えた。
同時に禍々しい炎の色も消え失せ、不安げな、あどけない顔が此方を向く。
「さすけ……おまえ……無事……」
「だんな、しゃがんで!」
自分が叫んだのと、彼が屈んだのはほぼ同時だった。
彼の背後に、今まで倒れていた男の一人が、刃物を持って近付いていたのだ。
屈む直前まで真田少年の頭のあった位置。
そこを自分の投げた革靴が、回転しながら通り過ぎ、男の額にヒットした。
「こおん」と小気味の良い音がして、男は完全に昏倒する。
肩で大きく溜息を付いた。
「まったく……ガムテならせめて、布ガムテ使えっての」
手首にへばりついているガムテープを引き剥がす。
肌が微かに傷んだが、跡が残るほどきつく巻かれては居なかったようだ。
ガムテープには布製と紙製の2種類ある。
繊維のしっかりした布製なら兎も角、紙製では少し爪で切れ目を作れば
簡単に剥がすことが出来る。テレビか何かを真似たのかも知れないが、詰めの甘いことだ。
彼が駆け寄ってきた。不安そうに眉を寄せ、此方を見上げてくる。
「け、怪我はないか?」
「見ての通り。拘束も簡単に解けたんだけど、逃げ出す隙が見つからなくてね」
「そうか……よかった……」
腹の底から息を付き、彼はその場にへたり込んだ。
どうしたものかと、暫し宙を仰いで頬を掻いてみたのだが、
観念しようと心に決め、傍らに腰を下ろした。
「心配かけたみたいで……なんか、ごめんね」
彼はそんなに振ったら筋が伸びるのではないかと思うほど、ぶんぶんと首を振った。
「俺の………俺の所為だ……」
「………いや、『所為』じゃなくて、『お陰』でしょ」
苦笑しながら言うと、彼はきょとんと此方を見上げてきた。
怒りにまかせて突進したので、自覚はないらしい。
「危ない所を救っていただき、ありがとうございますってね」
何やら幼い子どもに対しているような気がして、彼の頭をくしゃくしゃと撫でた。
彼は不思議そうに、だが心地よさそうに目を細めていた。

翌日の昼休み。
あの後。逃げるようにして帰って行く彼を見送った後、また違和感を感じていた。
以前に何度も同じ事を体験したような、心地よい違和感を。
既視感、というのはこういうことを言うのだろうか。
今日も彼は相変わらず、隅の席でフードを目深に被って、鞄を漁っていた。
財布を握って、いつもの通り購買に行くのだろう。
だが、今日は予定を変更していただかねばならない。
「だーんな」
そう呼びかけると、彼はぴくんと顔を上げた。
まん丸い目をぱちぱちと瞬かせ、驚いた小動物のように。
「こんな親父臭い呼び方されるのが好きなんて、アンタも変わってるね~」
彼の前の空席を引き寄せ、背もたれを前に跨るようにして腰を下ろす。
背もたれに肘を突いて顔を眺めると、彼はきょろきょろと周囲を見渡した。
「お、俺と関わるなと言うに……」
「あれ?俺様嫌われてる訳?」
「そ、そういう訳では……」
「はい」
彼の前に、巾着袋を突き出した。彼はまた目を瞬かせ、それを眺める。
「弁当。もそもその焼きそばパンばっかじゃ、栄養偏るよ」
廊下の向こうから購買のおばちゃんが睨んできた気がしたが、気付かないふりをした。
彼は壊れ物でも扱うように、恐る恐るそれを受け取った。
「お、お前が作ったのか……?」
「そ。一人暮らしの男には、料理の技能も必要なんですよ」
「何故……」
「何故って……夕べのお礼?」
彼は巾着から取り出した弁当箱を、しげしげと眺める。
「俺は、何も礼を言われるようなことなど……」
「あんだけ必死に来てくれたんだ。礼の一つもしないと、こっちも寝覚め悪くてね。
 あ、アレルギーとか無い?卵とエビ使ってんだけど」
彼はふるふると首を振り、蓋を開けた。
香ばしい醤油の香りが漂ってくる。我ながら渾身の力作だ。
「うまそうだ」
「旨そうじゃなくて、実際旨いから。食ってみて頂戴」
彼はそっと箸を握り、卵焼きを一つ口へ運んだ。
暫くもぐもぐと口を動かしていたが、不意に動きが止まった。
不思議に思って顔を覗き込み、ぎょっと目を見張る。
大きな目が、こぼれ落ちそうなほど潤んでいた。
「え!嘘!甘いの駄目!?不味かった!?」
彼はぶんぶん首を振る。そして、か細い声で呟いた。
「うまい……………」
それから肉巻き野菜や、ポテトサラダなどを次々にパクついた。
いちいち「うまいうまい」と目を潤ませながら。
そこまで反応されると、流石に此方も照れくさい。
「そ、そう……」と呟いて、殆ど同じものの入った自分の弁当を突いた。
「鬼……ねぇ」
目を潤ませ、鼻をぐずぐずとさせながら卵焼きを頬張るその様を眺めていると、
妖怪だ化け物だと騒がれていた昨日が嘘のようだ。
微笑ましく、何処か懐かしい眺め。
奇妙な安堵感で心を満たしながら、弁当を頬張った。

結構な量を用意したつもりだったのだが、彼はものの5分で平らげた。
両手をきちんと合わせ、「ご馳走様でした」と言いながら、深々と一礼する。
「お粗末様でした。……けど、もうちょっと待って。俺、まだ食ってるから」
流石に5分で腹に収めるのは無理だ。彼は背筋を伸ばし、食べ終わるのを待っている。
ただずっと食事風景を眺められているのも何だ。
気になっていることを、切り出してみることにした。
「あの、さ……俺と前に……会ったことあるんだよね?」
彼はぐっと言葉に詰まった。何も言わずとも、その反応を見れば一目瞭然だ。
「覚えてないんだ。御免ね、薄情で」
彼はまた、ぶんぶんと首を振る。
「忘れて当然だ」
「いや、でも……」
「俺が許せんのは、当然のことでお前を恨んでしまいそうになる、醜い自分の心根だ」
彼はあくまで真剣な顔でそう言った。
子どものような見た目の割に、何とも男気溢れる発言である。
「そりゃ忘れられたら普通怒るよ」
「違う!俺が……!」
「もう止めよ。どうどう巡りになるだけだし」
手を翳して諫めると、前のめりになっていた彼は、渋々座り直した。
「何処でどんな風にして会ったのか、教えてくれない?」
彼は一瞬此方の目を見たが、すぐに逸らして首を振った。
「自分で思い出せ……ってことか」
「そうではない……」
視線を逸らしたまま、呟く。
「言ってもきっと……わからない」
つまり、彼にとっては印象深くとも、此方には大した出来事ではなかったのだろうか。
「まぁ、いいや」
思考をぐるぐると巡らせた所で、分からないものは分からない。
「これから長らく一緒にいることになりそうだし、その内思い出すでしょ」
彼は目を見開いた。
「一緒に……?」
「そりゃそうでしょ。50人近くにボコボコにされるとこだったのを助けられて
 お礼が弁当一食分じゃ、割に合わないっての。好きなものとかある?
 何だったら、明日はそれ入れてくるけど」
彼はまだきょとんとしていた。
「あ、あれ……?ひょっとして、迷惑……?」
「迷惑なものか!」
彼は立ち上がり、机に飛び乗らん勢いで前のめりになった。
だが、周囲の視線が集まったのに気付くと、咳払いをして座り直す。
「迷惑などではない。有り難いことだが……お、俺の噂は知っているだろう……」
「ああ。札付きの悪だとか、火を噴く妖怪だとかって、そういうくだらない奴?」
彼はこくりと頷いた。
「くだらなくなど無い。皆事実だ。お前も目にしたろう。
 この現世にあって、面妖な炎を生み出す輩など、周囲に気味悪がられて当然。
 親にも随分と迷惑を掛けた……」
彼の噂は、好意とは程遠いものばかりだった。
彼の特異な体質は、両親にさえ受け入れられなかったらしい。
幼い頃は長らく施設で暮らし、ある人物の援助によって、この学校へ通っているのだと。
友人も当然おらず、目立たないようにしている筈の格好も、
彼を更に浮き立たせるばかりだった。
「まぁ、戦国時代とかだったら、すごい重宝されそうだけどね」
その言葉に微かな反応を見せた気がしたが、気付かないふりをしておいた。
「俺と関われば、お前も奇異の目で見られることになる……」
彼は拳を握り、項垂れながらぽつりと言った。
「う~ん、まぁいいんじゃない?俺様もどっちかって言うと謎めいた雰囲気を持つ男だし、
 不思議な感じがちょっとくらい追加されたって、女の子は寄ってきてくれるっしょ」
「ちゃ、茶化すな!俺は真面目な話を……!」
「だーんな」
そう言いながら正面から目を見据えると、彼は急に大人しくなった。
この呼び方が、余程気になるらしい。
「俺だって知りたいんだよ。アンタと、どこでどうやって会ったのか。
 なんでこんな懐かしかったり、はらはらしたりするのかってことを、さ」
くしゃくしゃと頭を撫でると、彼はぽかんと此方を見つめた。
「アンタが俺の飯なんか食えたもんじゃない。金輪際近寄るなってんなら話は別だけど」
「そ!そんなことある筈が……!」
「じゃ、決まりね。おかず、何がイイ?」
がたりと立ち上がった彼を見上げて、にやりと笑ってみせる。
彼は拳を握ったまま、ぽつりと言った。
「だ、団子……」
「それおかずじゃなくない?絶対乾燥しちゃうし」
「お、お前が好きなものを教えろと言うから!」
「あ~はいはい。ごめんなさいって」

面倒事は嫌いだ。出来るだけ楽をして生きていきたい。それは今も変わらない。
それでも、この面倒が面倒背負って歩いてるような少年のことを知りたいと思うのは、
そうしなければ後悔することが分かっているからだ。何故かは分からない。
だが今度こそ、彼の傍を離れてはいけない気がする。
そして、フードの向こうに見える暗い瞳ではなく、この子どものような表情で
ずっと笑って過ごさせてやりたいと思う。


目立ちたくないという彼が髪を伸ばしていた理由や、
謎のおっさんの正体や、
そして、
自分と彼が何処で会ったのかを思い出すのは、
もう少し先の話。

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