・ただひたすらの阿呆展開です。
・やっぱり信長公の出番は殆どありません。
・変態はいつものことですが、濃姫様もやや壊れ気味です。
・戦国時代って何語ですか?
以上ご理解いただけました方は、読んでやってくださいませ。
――貴方がやったんでしょう
凛と、響く声。
振り返ると、見知った顔が、此方を見据えている。
何か言いたげに、それでも口を引き結んだまま、
微かな怒りをその目に湛えて。
「おや、帰蝶。何処ぞにお出かけで………」
たーん。
乾いた、音が響いた。次いで流れる、火薬の香りと細い煙。
「正確に喉仏をとらえましたよ。お見事ですね、帰蝶。」
「だったら素直に死になさい。」
つかつかと此方へ歩み寄り、銃口で眉間をぐりぐりする。
「んふふ……首輪をしていて助かりました。とげとげしているもので、
よく顔面に穴を開けるのですが………無駄な努力ではなかったようですね。」
「へぇ……じゃあもう一つくらい穴が増えても問題ないわね?」
「んはははは!イタイイタイ……というより熱いですよ帰蝶………。
使ったばかりの銃口は………なかなか熱いですよ………んふふふ。」
久方振りにこの家に立ち寄ったのだが、素敵な歓迎が待っていたものだ。
この姫は、自分の従兄弟に当たる。
――たーん。
「なんで撃つんですか……帰蝶。」
「貴方が失礼な想像をしているのが分かったからよ。」
「従兄弟なのは事実じゃないですか……。」
たーん。
「失礼しました……もう言いません。」
彼女と織田の跡取りとの縁談が決まり、家内はその準備に慌ただしい。
一応自分は客人になるはずなのだが、殆ど放置の状態だった。
放置は放置でまた一興と、一人庭先で含み笑いしていれば、
昔馴染みからの銃弾が襲ったという次第だった。
「貴方の仕業でしょう、光秀。」
「だから、何の話です……。」
「とぼけるんじゃないわ!打ち掛けに決まっているでしょう!」
「打ち掛け……。ああ、あの……貴方が嫁入り道具の一つとして、
尾張へ持って行くという………あの打ち掛けですか?」
「その通りよ!それを、よくも……よくもこんな風にしてくれたわね!」
姫が打ち掛けを付きだした。
その背の部分には、見事な刺繍が施されている。
心臓をもした形……いわゆるハートマークに囲まれた「イエス」の文字が。
ちなみに裏側は、同じく「ノー」と書かれている。
「リバーシブルです……。『イエス・ノー枕』の代わりと思えば
いいじゃないですか……。便利ですよ……きっと。」
「発想が昭和なのよ!今時イエス・ノー枕って……分からない平成生まれが
どれだけ居ると思ってるの!?恥ずかしくって用途も説明できないわよ!」
打ち掛けが、すたーんと叩き付けられた。もぞもぞと顔を出し、一応尋ねてみる。
「一体どういう理論の元、私に辿り着いたんですか……?ばれないと思ったのですが……」
「センスのなさよ!貴方はいちいちお門違いなの!お陰で私がどれだけの
迷惑を被ってきたと思ってるの!?」
はて……?そのようなことがあっただろうか?
「よくもまぁ首をかしげられたものね!私の携帯の着ボイス、『是非も無し』とか言う
おっさんの声にしたでしょう!」
「低いだけでおっさんじゃありませんよ……素敵だったでしょう?」
「私の部屋に、そのおっさんの等身大のポスター貼ったでしょう!」
「正確にはポスターのコピーです……。オリジナルは私のお部屋に……くくく。」
「パソコンの壁紙も、『天下布武』って文字の横に、選挙ポスターみたいな顔で
あの人が映ってる写真にしたじゃないの!」
「画面を開けば、いつでもそこに信長公のお顔……嗚呼、イイ……」
「それが結婚相手と言われた私の気持ちが分かる!?
貴方、どれだけ私とあの人をくっつけたかったのよ!」
「限りなく。だってそうしたら……私も信長公と……遠い親戚になれるんですよ?
んふふふ……」
姫はぎりりと歯ぎしりする。余程腹が立ったらしい。
膝を付いて視線を合わせ、諭すように声を落として言った。
「しかし……私の策謀が功を奏して……実際に貴方は嫁いでいく……」
「……っ。」
「よろしいじゃ在りませんか……相性は悪くないはずだ……。仲睦まじくなれますよ……
くふふふ……きっと毎晩、リバーシブルはイエ……」
たーん。
「流石………正確ですねぇ……」
だらだら流血する穴を自力で塞ぎ、姫に向き直る。
「別に、はまってないから。」
「……?」
「別に、光秀の策謀にはまったわけじゃないから!だんだん着ボイスに憧れてきたとか、
ポスター毎晩眺めてるとか、実は密かに文通してるとか、そんな事絶対ないんだから!」
「………。」
「………。」
「帰蝶……貴方、私とやってること大して変わらないじゃ……」
たーん。
「一緒にしないで。」
姫はまた、酷く不機嫌そうに顔を歪め、耳まで真っ赤に染めながら、銃を振り回した。
「しかし……貴方が私の策謀に嵌っていない……もとい、信長公に興味がないと
言うのならば……この縁談も乗り気ではない……そう言いたいのですか?」
「そ、そんなこと……ないことも……ない……けど……」
「何恥じらってんですか……?おめでたいですねぇ……」
「光秀ぇぇ……」
「では……一国の主の正室……私が代わってあげましょうか……?」
「は……?」
こんなに美味しいポジションを、他人にくれてやるのは惜しい。
さりとて、己の身では近付くことすら警戒される。だがしかし、
「帰蝶の姿ならば……信長公にも遠慮無く近づけます!」
一瞬の早着替え。己の身は、誰もが帰蝶と紛う姿へと変貌を遂げる。
「誰が紛うのよ!調子に乗った変態の仮装以外の何者でもないじゃないの!」
姫は銃を突きつけて、眉間をぐりぐりした。
「この日のために誂えたんですよ……?ほら……太股の蝶までそっくり……」
「見せるなっ!」
姫は何処からともなく取り出したサブマシンガンを乱射した。
「あ~あ……衣装に穴が開いてしまったではないですか………」
「なんで貴方自身が蜂の巣にならないのよ!」
其処まで言って、姫は言葉を切った。
岩陰でぷるぷると震えている存在、野良犬の姿を見て。
サブマシンガンの嵐を見れば、畜生といえど恐ろしかろう。
「ご、ごめんなさいね。」
姫は慌てて、犬に駆け寄った。
「可哀想じゃないですか………」
「誰の所為だと思ってるのよ!」
「マシンガンを撃ったのは貴女でしょう……」
「貴方がいなきゃ撃たないわよ!」
溜息を付き、穴だらけになった衣装の帯を解く。
「み、光秀……?何をしてるの……?」
「何って………着替えですよ。穴だらけで歩くわけにはいきませんからねぇ……」
「何もここで着替えること無いでしょう!」
「貴女が衣装を駄目にしたんじゃないですか……」
「女性が目の前にいるのよ!ちょっとは考えてよ!」
「女性………ねぇ。」
「は、鼻で笑ったわねぇぇ……。」
諦めたように首を振って見せ、手を止めた。姫は小さく息をつく。
犬を抱え、姫はきっと此方をにらんだ。
「この子は私が面倒をみます。貴方はさっさと帰りなさい光秀。
この忙しいのに、貴方みたいな変態がうろうろしていると怖気が走ります。」
「本当に……歯に衣着せぬ御方ですねぇ……。」
「行きましょう、犬五郎。」
「なんですか、それ。」
「名前よ。当たり前でしょう。」
「………。帰蝶も大概ですね……。」
「何がよ!」
「いえ。」
「…………。ふん、光秀。」
「はい?」
顔を上げると、額に銃口が当てられていた。
「貴方が上総介様に近付いたら……」
姫は、銃を撃つ振りをして見せた。
「その首、私が254口径の銃で吹き飛ばします。わかりましたね?」
嗚呼、この娘は、本当に――
「それは銃じゃなくて、大砲って言うんですよ……?」
姫はそのまま踵を返して去っていった。
「まったく、本当に引っかかるとはね……」
逆さになった姫の顔は、相変わらず不機嫌だった。
織田信長への士官が正式なものとなり、この城に参じた。
あの者の持つ深い闇色に魅せられ、写メ、動画を入手し、
隠しカメラの設置も滞りなく完了して酷く気分が良かったのだが、
ふと思い立ち、姫の元へ立ち寄ってみた。
すると廊下に信長公のワンコインフィギュアがあったので、
取りに行ったら、見事網に捕縛され、逆さづりの状態でいる。
「ご機嫌麗しく、濃姫様………」
「止めて頂戴。虫酸が走るわ。
………蘭丸君。上総介様に、少し遅くなると伝えてもらえるかしら。」
しゅばっ。しゅばっ。
「蘭丸君。」
しゅばっ。しゅばっ。
「蘭丸君?聞いてる?」
「はっ!すいません濃姫様!」
呼ばれた小姓は、はっと我に返った。
「此奴の顔見てると、なんか無性に腹立ってきちゃって……」
「だからといって……無心で矢を射掛け続けられると………流石に痛いんですが……」
「気持ちは痛いほど分かるんだけれど、」
「わかり合わないでくださいよ……。」
「上総介様への伝言、お願いできる?」
小姓は不満そうに唸っていたが、渋々部屋を出て行った。
「それで?」
姫は上座から値踏みするように此方を見た。
「それで、とは?」
「辞世の句は用意できた?」
「私、まだ何もしてませんよ……?」
「まだ、ということは、これからするのでしょう?」
「…………んふ♪」
「いさぎ、出来るだけ大きな鍋を用意して。そうよ、人間一人入るくらいのね。」
「まぁ、落ち着こうじゃありませんか……帰蝶。」
部屋を辞そうとする侍女を諫めてから、姫は此方に向き直る。
「生信長公に仕官できて……舞い上がっていたのは認めましょう……
ですが……今此処へ参じたのは、あくまで昔馴染みに挨拶するため………
少しは労ってくれてもよろしいのじゃありませんか……?」
「貴方に掛ける労いなんて持ち合わせてないわ。」
言いながらも、網を短刀で断ち切った。
床にぽてくり落ちて、なかなか痛い。うっかり興奮する。
「いい加減にしないと、本当にこの場で蜂の巣にするわよ?」
「これは失敬……。」
庭を飛び交う鳥の声が、五月蠅いほどに響く。
姫の傍らに置かれた銃が、夕刻の明かりを吸って、鈍く光っていた。
「本当は………貴女に一つ、謝りたいことがあって参りました……。」
「謝りたいこと?」
姫が訝しげに眉を寄せる。
「私が贈った『イエス・ノーお着物』………覚えていますか?」
「燃やして捨てたわよ!何!?そんなこと今更謝りに来たの!?」
「いえ………そうではありません……」
鳥の声が、一層喧しくなった気がした。
「貴女が無くしているといけないと思ったので……本日もお持ちしたのですが……
実は先程……」
言葉を切ると、姫は訝しげに眉を寄せた。
「………先程、何?」
「貢ぎ物と間違えて、信長公に献上してしまいました………」
庭の音が不意に消え、静寂が部屋を包んだ。
「まぁ……あくまで誤って……ですがね。………んふ。」
姫はゆっくりと瞬きして、「そう」と言い、傍らの銃を手に取った。
部屋を出ると、敵意をふんだんに盛り込んだ視線が待ちかまえていた。
あの小姓だ。知らせに行くと見せかけて、廊下に居たらしい。
「お前、濃姫様と何話してたんだよ。」
「大した話ではありませんよ。それより……蘭丸、と言いましたか?」
「な、なんだよ!」
「此処の警備は………完全ですか?」
「当たり前だろ!信長様のお城だぞ。兵も忍者もうじゃうじゃ。
変態一匹入り込めねぇよ!」
「それでは完全とは言えませんよ………。ですから……私が完全な防犯システムを
設置して差し上げました……」
「はぁ?」
「いいですね……?貴方がこの先、絶妙な位置で、信長公を捉えるカメラを
見つけたとしても……、それはあくまで私の気遣いによるもので……
決してやましい思いは含まれていないのですよ……?」
小姓の口が、妙な形に歪んだ。キャベツの中に蛞蝓を見つけた時の顔である。
「意味わかんねぇ……。大体、お前みたいな奴の手なんか借りなくても、信長様は………」
小姓の足が、不意に止まった。
その視線の方へ目を向ければ、廊下を横切っていく人影がある。
「あれは……」
「信長様!」
小姓の表情が、ぱっと輝いた。声に気付いたのか、その視線が此方を向く。
「信長様~♪」
「信長公~♪」
揃って手を振ると、小さく頷き、
「是非も無し」
と一言だけ言って、廊下を歩いていった。
その姿をにこやかに見送った後、小姓は肘鉄を入れてきた。
「お前が気安く手とか振るなよな。」
「んふふふ………貴方ばっかり可愛がられてると思ったら大間違いですよ……?」
「……っ!!!この……っ!!!」
言いかけて、小姓は去りゆく主の背に目をとめた。
「なんだろう?信長様、見たことのない着物着てる……。あの背中の字……異国語?」
「ああ、あれは私の贈った……。………。」
「……?なんだよ?」
「いえ、子どもは知らなくて良いことです………んふふ。」
「な、なんなんだよ!気持ち悪い……。」
小姓は膝の裏を蹴ってきたが、生憎自分は、にやけるのに忙しかった。
「時に蘭丸……。……帰蝶は……犬五郎を連れてきませんでしたか?」
「いぬごろー?」
小姓は首をかしげた。
「嫁ぐ際に、連れて行ったはずなのですが……姿が見えないもので。」
「ああ、濃姫様の犬か。もういないよ。」
事も無げに、小姓は言った。
「死んだのですか?」
「いや、もらわれてったって言うか……。今川と戦した時、余程噛み心地が良かったのか
今川に食いついたまま離さなくなっちまってさぁ。仕方ないからあげたわけ。」
「ほぅ……」
「濃姫様は仕方ないって諦めてたけど、信長様が偉く寂しがっちゃって……」
小姓は、その時の姫の様子をまるで世界名作劇場のように語り出した。
某母親と子どもの別れのシーンが脳裏を過ぎり、切ない気分になる。
「なぁ、光秀。」
顔を下からのぞき込まれ、我へと返った。
「お前、どうせ暇だろ?」
「はい……?私はこの後、処理しなければならないビデオが山程……」
「蘭丸が遊びに付き合ってやるよ。来い!」
背に負っていた弓を手に取り、小姓は駆けだした。
これも姫の教育の賜かと溜息を付いてから、その後に続いた。
――貴方が、やったんでしょう
それは、金切り声に近いものだった。
口を微かに開いたまま、ゆらりゆらりと。姫は虚ろに歩み来る。
「見て、しまわれたのですか……。」
零れる笑いを押し殺すことが出来ず、喉の奥が鳴る。
此処に辿り着くまでに、恐らく姫が目にしたであろう、あの小姓を思うて。
「何故……何故なの……?あの子が………あの子が……」
「魔王の子と呼ばれても、所詮は子ども。金平糖を上げたらすぐに協力してくれました。
勿論、内容が何なのか………あの子どもは知りませんがね………んふ。」
「みぃ~つぅ~ひぃ~でぇ~。」
怒りの炎を纏うた風が、頬を撫でていく。
「そんなに怒らなくても良いじゃないですか………。小遣い稼ぎですよ……。
私も諸々の機材を揃えるのに資金が入り用でして……。
魔王と呼ばれたその人の、ちょっとお茶目な日常生活を納めたDVD……
蘭丸に路上販売していただきました……きっと飛ぶように売れている筈ですよ…
……んふふふ。」
「ふざけるんじゃないわよ!」
姫は両の手にサブマシンガンを構えた。何という腕力だろう。
「また見逃しました………一体それ……どこに締まってるんです……?」
「そんなことはどうでも良いの!よりにもよって、あんなDVDを
子どもに売らせるなんて、貴方正気!?………なわけないけど!」
「信長公の歯磨きとか、Wiiをおやりになっている所とか……まぁいかがわしいものでは
ないので、ご心配なく……。マッチ然り、子どもが売った方が売れると思いまして……」
「売れてないのよ!」
姫は、再び金切り声を上げた。
「まだ、飛ぶように売れていたら……許せないけど……絶対に許せないけど
嬉しくもあるの!でも……全く売れないというこの事実が!
何処ぞの坊や達なら飛ぶように売れるであろうプロモーションビデオが
上総介様だと売れないというこの事実が!腹が立って仕方がないのよぉおおおお!!!!」
姫の絶叫に、思わず首をかしげた。DVDの一つを手に取り、ぽちりと再生する。
ほら、やっぱり。こんなにも面白い。
あの禍々しい闇色に撃ってもらえると思うと、身が震える程の歓喜が襲う。
本当は自分だけで楽しみたい位なのに、一体何故売れないのだろうか?
「仕方ないですねぇ……蘭丸を呼んできますか……。」
「な、何をする気?」
二つの銃口が、此方を見据えた。
「発売中止するしかないじゃないですか……。折角編集したんですし……
勿体ないから見て行かれますか……?」
「だ、誰が!今すぐ叩き壊してあげるわ!」
「私は不本意なのですが……帰蝶や蘭丸も映っています……。
世間ではこういうのを……ホームビデオと言うんでしたか……?
私の撮影技術はなかなかのものですよ……?」
姫は、両の目を見開いたあと、その口元が笑みの形にゆるんだ。
「貴方も大概ですねぇ……帰蝶」
「五月蠅いのよ。早く、蘭丸君を呼んでくるわよ。」
言って、廊下を振り返る。その羽が、ふわりと翻った。
Powered by "Samurai Factory"