途中までは逆視点だけど、結末は異なります。
どろどろに暗いし、遠回しにえげつない表現もちらほら。
これらの苦手な方、及び、どんなオチがあれ、謀反が許せない方は
素通り願います。辻褄あってない箇所も、見逃してください。
あ、あと長いです。
いいわけ多いな~、自分。
――
「どうだ。みょーあんであろう。」
幼い主は、ふふんと得意げに鼻を鳴らした。
「妙案って……」
つい今し方渡された鈴を目の高さに掲げ、とりあえず溜息をついてみる。
小指の先程の小さな鈴には、紅い紐が通されていた。
寂れた神社で行われた夏祭り。
どうしても行きたいと強請る主に手を引かれ、仕方なく着いてきた。
夜店がよほど珍しいのか、あれが旨そうだ、これも旨そうだと
きょろきょろ辺りを見渡している。が、不意に表情を輝かせて走り去った。
慌てて後を追うと、その手に握られていたのが先の鈴。
なけなしの小遣いで、食べ物ではなく、何故そんなものを買ったのか。
そう問いかけると、今度は「お前にやる」と言い出した。
「鈴を持っていれば、音が鳴る。佐助が帰ってきたのが、すぐに分かるであろう。
そうしたら某が、いの一番に出迎えることが出来るからな!」
傍らを歩きながら、主は声を弾ませる。その息もまた微かに弾んでいるのは、
自分と歩幅が合わぬ所為で、やや小走りになっているからだろう。
歩く速度を落としながら、わざと不満そうな顔をして見せた。
「………あのねぇ、俺は犬猫か何かですか。まぁ大して代わんないかもしれないけど。」
「そ……そんなつもりではない!某はただ……」
顔を上気させて必死に否定しようとする主に、思わず笑みが漏れる。
自分が様々な任で留守をすることが増えてからというもの、
主は「最初に出迎える」ということに、妙に執着するようになった。
初めのうちは、出かけることにすら不満を漏らしていたのだから、
少しは楽になったと言えるだろう。だが、その出迎え方も尋常ではない。
やれ遅すぎるだの、土産はないのかだの、怪我をしたのかだの、手当てしてやるだの、
いやいや勘弁してくださいだの、その乱暴な手当で新たな怪我をしたりだの。
それはそれは、大きな声と大仰な身振り手振りの派手な出迎えが待っている。
勿論、身に余る光栄だと思うし、正直を言えば………満更でもないのだが。
「分かってる。分かってますって。……あれ?」
鈴を少し振ってみて、気づいたことがあった。主もまた、首をかしげる。
「音が……せぬな。」
「…………あ~あ。若さま、失敗作つかまされたね。」
「何!?」
「これ。中身が入ってないもん。音なんかする筈無いよ。」
この鈴はいくら振っても、あのころころという独特の手応えがない。
主の表情が、みるみる絶望に染まっていく。これはまずい。なんとか誤魔化さなければ。
「ああ。でも丁度良いかも。」
「な……何故だ?」
「だって……俺たち息を殺すのが仕事みたいなもんだよ?
忍び込んだ先で、ころころ鳴って見つかったんじゃ洒落にならないでしょ。」
「そ、それは困るな……」
「ね。だから鳴らなくてイイの。」
主は小さく唸って考え込んだ。どうやら、今ひとつ納得できないらしい。
「だが……鳴らなかったら、佐助が何処にいるのか分からないではないか。」
「別に分からなくたって構わないじゃないですか。呼べば来るんだから。」
「遠くにいたら、呼んでも聞こえないであろう。
音がすれば、某の方から探しに行けるからな。」
「主に探し回らせる忍なんて聞いたことねぇよ。………ねぇ、若さま。」
足を止め、傍らに跪いた。諭してやれねば、これは本気で探しにきそうだと思ったからだ。
視線が丁度同じ高さになり、主は何を言われるのかと緊張した面持ちになる。
祭り囃子が、行き交う人々の話し声が、すぅっと遠のいたような気がした。
「俺は、若さまが呼べば、必ずお側に参りますよ。」
主は一瞬納得しかけたが、すぐに拗ねたように口を突き出して見せた。
「だが……留守にしている時もあるではないか。
声も届かぬ遠くにいたら、俺の方から探しに行くしかあるまい。」
「いや、だから別に探さなくたって……まぁいいや。兎に角、遠くに居たとしても、です。」
伏せていた視線を上げれば、主としかと目が合う。
黒々とした大きな目が、じっと此方を見ていた。
「若さまが呼べば、必ず参ります。何処にいても、必ず。」
あとで思えば、自分でもよく言ったものだと思う台詞が、当然のように口をついて出た。
何故か、どうしても、それを伝えたいような気になったのだ。
主は驚いたように目をぱちぱちと瞬かせた後、弾けるように笑い出した。
もしや自分はもの凄く恥ずかしいことを言ったのではと不安になったが、
その屈託のない表情に、すぐにその思いは消えた。
「そうか。ならば、心配はないな。」
人をかき分け、石畳を数歩先へ走ったところで振り返る。
ころころと笑いながら、主は、言った。
「佐助。」
微かに目を伏せてから、小さく、応じる。
「はいよ。」
鳴らぬ鈴を、そと握りながら。
――
武田は、確実に滅びつつあった。
当主が病に伏せり、城下にも長くは無かろうという噂が流れ始めている。
主はその回復を切に祈り続けていたが、少なくとも、後継者とされる人物が
家の一切を取り仕切らなければならぬ状況にはあった。
虎の異名を持つ当主の病。くわえて、後継者はまだ若輩である。
これを機と見て攻め来る者は数多あろう。
当初は主を筆頭に、騎馬隊がその悉くを追い返した。
しかし、それも長くは持たなかった。
火器を大量に用いた戦法の前に、騎馬隊は退却を余儀なくされ、
領は次第に狭まり、兵達も疲弊していった。
既に見切りを付けて他家に付いた者も、幾人かあると聞く。
「こりゃあ、いよいよ駄目かもねぇ……」
誰にともなく呟いた。腰を下ろす木枝の下で、主がぴくりと耳をふるわせる。
「何を弱気なことを申すか。敵は確実に疲弊している。次こそは必ず………」
「こっちのが遙かに疲弊してるんだっつの。旦那ぁ、アンタもいい加減休みなよ。
こないだみたいにぶっ倒れて、担いで帰るの御免だからね。」
「休む間など有るものか。気を抜けば、一気にお館様の元まで攻め込まれよう。
何人たりとも、この関を越えること罷り成らぬ!」
その目はまさに、獣のそれだった。
具足に降り掛かった紅をろくに拭おうともせず、寧ろ誇らしげに身に纏う姿。
恐怖とも、感嘆とも思える、微かな痺れが奔るのを感じた。
「……あっそ。」
木枝から飛び降り、傍らに立つ。
「どうせ何を言ったって、大人しく帰っちゃくれないんでしょ。
無駄な言い争いしてる暇があったら、さっさと夜襲、行きましょうや。」
主が此方を真っ直ぐに見ているのには気付いていたが、視線を合わせぬまま言った。
長年傍らにいれば、その戦法も、次にどのような行動を起こすかも大体分かる。
手甲を嵌め直しながら、この風向きなら火計も使えるかもしれない等と考えたときだった。
「すまぬな。」
主が、ぽつりと呟いた。己にしか届かぬ、小さな声。
視線を向ければ、微かな笑みがそこにあった。
最近は久しく見ていなかった、泣き出すのを堪える時のような、目をして。
嗚呼、全て分かっているのだと、思った。
「何がすまないの?」
からかうように、眉を上げて言う。
口を引き結ぶ主の顔をのぞき込み、笑って見せた。
「夜襲だろうが、暗殺だろうが、単身突入だろうが、なんでもしますよ。
だって………旦那を守るのが、俺様のお仕事ですから。」
主は何か、物言いたげな表情になる。が、その言葉を聞く前に、遮るように言った。
「俺の仕事は、城を守ることでも、家名を守ることでも、ましてや誇りを守ること
なんかでもない。アンタのお命、ただ一つなんだよ。」
知らぬ間に、目を細めている自分に気付く。
幾人の物とも知れぬ紅を纏い、禍々しい刃を手にした出立ち。
そこに非道くそぐわぬ不安げな表情を、ただ、穏やかな思いで見ていた。
――その、ただ一つを守るためなら、なんでもしますよ。
「貴様が、真田の……」
掠れた声で、一人が呟いた。
微かにでも動けば、直ぐさま討ち取ろうという警戒心が、周囲を取り囲んでいる。
「あれ?俺様そんなに有名人?いやぁ~俺様忍のくせに目立ちすぎだな~。」
「戯れ言は良い。……それで?このような敵陣の中央に、
忍の身でありながら正面から訪問とは………何の目的だ。申せ。」
命乞いでもしに来たかと笑う将達を前に、溜息を付いてみせる。
「まぁ、当たらずとも遠からずってとこかな。あ。これ、とりあえず手土産ってことで。」
軍略を立てていであろうる者と当たりを付け、紙切れを放ってやる。
受け取り、広げると、案の定其奴は目を見張った。
適当に丸めた半紙に、簡素な字で書き殴られた布陣。
「これは……武田方の策か?」
「何故このようなものを……」
「何故って……明日からの布陣が分かってれば、先読みできるだろ。
さっさと片付けてくれよ。俺はもう帰って寝たいんだって。」
勝利への確信、当惑、疑念。様々な思いが、将達の表情に見て取れた。
大将らしき人物へ、判断を求めるような顔を向ける。
視線を向けられた将はゆるりと笑んで、此方を見やった。
「紅蓮の傍らにその陰ありと言われた忍が、寝返ると申すか。」
「お武家様。そいつは、言葉が違いますよ。」
表情を似せて笑み、膝を折った。
「「寝返り」なんてのは、忠義を持ち合わせているアンタ等侍に使う言葉。
忍風情に、そんな高等な感情はございません。ただ、機を読み、
利を感じた側へ「移動」するまでのこと。」
将の顔から表情が消え、値踏みするように此方を凝視した。
「長らく仕えて居ろうが、情の類も一切わかぬ、と?」
「………。情、と来ましたか。」
思わず声を漏らして笑った。
「俺の主様が、いつかこんな事を言ってましてね……。
お前は、風のようだ、と。ま、足の速さとか、捉えにくいとか、
そんな事を指して言ったんだと思うけど……」
顔を上げ、正面から将を見据えた。
「風は、気の向くまま、流れるものでございましょう?」
将は、面白い物を見るような目をしていた。
「一応一旦帰りますけど…………ま、用向きの際は、なんなりと。」
――
「佐助……」
怖々と、様子を窺うようなその声に、思わず言葉を切った。
「何?」
感情を一切載せることなく、問い返す。
何も気取られぬよう。己に対して、これ以上何も、思わないでくれるよう。
崩壊の危機にある家。その中にあって、主は相変わらず、
実直すぎるほど実直なままだった。
最後の砦と言われた例の関を守る戦は、敵の裏をかいたはずの策が悉く読まれ、
退却を余儀なくされた。
あるいは散り、あるいは敵に流れ、次々消えていく味方の将に対しても、
主はただ、そうかとだけ呟いて、それ以上何も聞かなかった。
己の命運を知りながら、全て受け入れようとするその姿は、
戦国に比類無き強者と呼ばれた主として、全く相応しいものに思えた。
だが、今傍らにある顔は、同じ者で有ることを疑いたくなるほど、
危うく、ともすれば泣き出しそうな、子供のそれだった。
「な、何か…………何か欲しい物はないか?」
絞り出すような声で、努めて明るい表情を作っているのが、痛いほどに感じられる。
「欲しい物?」
問い返すと、主は大きく頷いた。
ああ、繋ぎ止めたいと思うてくれているのだと、思った。
「何でも良い。望む物は、いくらでもくれてやる。金子でも、屋敷でも、団子でも良いぞ!」
「団子って……それアンタの欲しいもんでしょうが。」
笑いながら、息巻いて身を寄せる主と、わずかに距離を離した。
「でも……なんで、突然?」
主はしばし言葉に詰まり、日頃の働きへの褒美だと、言った。
何でも良い。自分の持つ物なら何でもやろうと、言った。
「そうだなぁ……」
呟いて、天井を仰ぐ。上でも見ていなければ、余計な言葉が溢れ出でそうな気がした。
「今、ひとつ、凄く欲しい物があるんだけど」
主の喉元に、目をやった。視線を感じ、主がぴくりと身体を震わせるのが分かる。
「それは、俺様自身にしか手に入れられないものだから、
旦那に貰うわけにはいかないんだ。」
――欲しい物は、いつだって同じ。
きっと貴方には、分からないけれど。
主は、そうかとだけ呟いて、下を向いた。
叱られた子供のようなその姿に、全てを話してしまいたいような思いが過ぎる。
分かっているのだ。この主ならば、どんな反応をするのかということを。
いくら信じるな、物と思え等と言った所で、そう思うてくれぬ事を。
その上できっと、こんな思いをさせることを、こんな言葉を掛けられることを。
「待ってるん、だろうな。」
傍らにすら聞こえぬ声で、呟く。
ほら、こんなにも、身勝手で、汚い。だから、信じるなと言うのに。
「青いねぇ、旦那。」
こんな物を、尚、傍に置こうなんて。
何か言いかけた主を、軽くその頭に手を置いて制し、立ち上がる。
「まぁ、どうしてもってんなら、給料を上げてくれよ。………おやすみ。」
そのまま其処から、姿を消した。
――きっと貴方は、大切なもの守って、果てようと思っているのでしょう。
でも、自分にとっては貴方こそが、守らねばならぬ者。
だから貴方が、貴方の大切なもののために消えてしまうと言うのなら、
自分は貴方の大切なものを壊さなければなりません。
貴方がこの身さえも大切と思うてしまうなら、
この身も貴方の前から消さねばなりません。
貴方がそれを、望んでいないことは分かっています。
だから、どうぞ憎んでください。
この身を憎んで、この身を壊しても構いません。
でも貴方は、どうか其処に、在り続けてください。
貴方が望んでいたものを、一緒に手に入れることは出来なかったので、
せめて貴方という存在を守りたいのです。
自分の欲しい物は、「貴方が在る世」、ただ一つだから。
知らせを聞き、部屋へと急ぐ。
どうか、どうか間違いであって欲しいと、願いながら。
障子は、開けられたままになっていた。
多くの者が、祈るような面持ちで其処に集っている。
息を弾ませたまま、ふらりと部屋に足を踏み入れると、本来ならば、
追い返されても文句の言えない身分であるにもかかわらず、すと道を空けられた。
部屋の中央に寝かされた姿。胸が微かに上下していることに安堵しかけたが、
その顔色に、臓腑を潰されたような感覚がした。
「夕餉の椀を……口にされて直ぐに。だが、解毒も済み、命に別状はないとのことだ。」
誰の者とも知れぬ声が聞こえた。傍らに膝をつき、その額に触れた。
静かに目を閉じたまま、乾いた唇が僅かに動く。
――其処から零れたのは、己の名だった。
幾度か、同じ事があったのやも知れぬ。成程、部屋に通されたのも頷けた。
「馬鹿だね……ほんとに。」
その額を、ただ黙って、撫でていた。
そして、戦を翌日に控えた夜。
「真っ向からのご命令だこと。」
敵方からの密書。
長々とした文書には、やれ本当に信用してはいないだの、
能力は認めてやるだの、どうでも良い前置きが付いていたが、
早い話が、主が首を持ってこいということだった。
勝ちの見えている戦。だが、万に一つも敗因がないかと言えば、そうではないのだ。
主の存在が、敵方にとってどれほど邪魔か。
数々の戦功を聞いただけで、恐れをなす者も多かろう。
畏怖を抱かせる名も、意表を突いた戦略も、そこに無ければどれ程楽か。
「まぁ、こればっかりは……代用品で我慢して貰うってことで。」
篝火にそれを投げ入れ、小さく息をついた。
邪魔な者。だがそれは同時に、能力を高く見ていると言うことだ。
敵の家名を潰して尚、そこに主が存在したら。それでも首を持てと言うか。
否、配下に置く方が、よほど理に適っている。
例え敵方が真田を取り立てずとも、主ならば重用する家は数多あろう。
主はきっと、このまま家名と共に果てることを望んでいる。
だがもし、共に逝くものも全て、無くなったとしたら。
全てが消えて尚、己が残ったとしたら。
自分が主の元を去っても、主を守る部下は数多いる。
その者達が命を賭して残した己の命を、無碍には出来ぬ筈。
後を追う等ということは、出来ないのだ。何事にも忠義を重んずる、あの人だからこそ。
――きっと、在り続けてくれる。
忍小屋には、誰もいなかった。
前の戦で人数が大幅に減った。残った者も、今はそれぞれ、己が与えた任で外している。
手甲と苦無の一つを身から外し、床に置く。
昔から使っていた物を戦で壊した折、主が誂えた物だった。
手甲は兎も角、この苦無は一度も使っていない。
「家紋入れちゃうんだもんなぁ……」
苦笑しながら、それを見やった。折角隠密行動に成功したとしても、
こんなものをうっかり敵方に残して来た日には笑い話にもならない。
それでも、なんとは無しに持って行くのが常だった。
独りごちてから、ふと思い当たることがあって懐に手を入れた。
「俺も女々しいねぇ。」
掌で転がす、鳴らぬ鈴。
それでも、何やら別の、ころころという音が聞こえてきそうな気がする。
長らく持ち歩いたせいか、それ非道く燻んだ色をしていた。
「お返ししますよ、旦那。」
苦無の横にそれを置き、立ち上がる。
「じゃ、行きますか。」
「ならば、あれはお前の仕業と申すか!?」
声が、聞こえた。そのまま行き過ぎようとしていた足が止まる。
明日の準備のため、多くの兵が集っている部屋だ。
それは真田隊の一人が、自身の配下に向けて言ったもののようだった。
息を殺し、様子を窺う。
「貴方様のことを思うて起こしたことでございます。
此度は仕損じましたが、戦のさなかであれば、必ずや隙が出来ましょう。」
将は配下の襟首をつかみ上げた。
「何故、何故毒など……!」
「分かっておいででしょう。もう、武田も長くありませぬ。」
「……っ。」
他の将達は、それを止めるでもなく、咎めるでもなく、呆けたように見守っていた。
「このまま真田の配下に在れば、ただ戦場にて果てるを待つばかり。
敵方に寝返った者も多くありますれば、それを真似たまでのこと。」
「貴様……幸村様を見限れと申すか!」
「………。見限っているのは、皆々様も同じではござりませぬか?」
部屋の中の空気が変わった。下の者に見透かされたことの怒りと、
同時に嘘偽りを吐露した時のような安堵感が流れるのが分かる。
「代々真田に仕えてきた者達は、きっとこのまま、あのお方について消えゆくのでしょう。
しかし、我等にはそこまでの縁がありましょうか?」
「…………幸村様は、我等に信を置いてくださる。」
「信……。信のために、己が死するは簡単ですが、私には姫様や若君にまで
それを強いることは出来ませぬ。よく、お考えいただきますよう。」
将は息をのみ、その手を離した。
そういえばこの将には幼い子があったのだと思うたが、感情はなんら動かなかった。
「真田は敵方へ散々痛手を負わせた身。手土産一つ無くして、
受け入れてもらえるとは思えませぬ。」
「土産……。………まさか貴様……御首級を持て……と?」
長い、沈黙が、流れた。
「その話、乗ろう。」
やがて、ひとりの将が呟いた。その言葉を待っていたように、次々と名乗りが上がる。
その顔に浮かぶのは、心からの安堵と微かな希望。
まるで勝利を手にした後の宴のように、己の生を勝ち得た喜びに染まっていた。
「お話は、まとまったようですな。ならば、早速手勢に……」
立ち上がったその行く手に、すと進み出る。将は息をのみ、二三歩後退った。
「面白い悪巧みしてるじゃない。俺も混ぜてくれよ。」
兵達に言い知れぬ緊張が奔る。その怯えた様に、笑みすら漏れた。
が、各が恐怖の面持ちを浮かべる中、進み出る者があった。
「貴方にも、ご助力願いたい。」
先程の、配下の兵だ。
「貴方も敵方と通じていることは存じております。ならば、どうか。」
「ふぅん……戦場でぴいぴい泣いてるの拾ってもらった時は
捨て犬みたいな形してたくせに。………これだけの人数説き伏せるとは、
随分と偉くなったもんだねぇ。」
主と同じか、少し年若いその兵の目には、野心らしきものが見えていた。
「幸村様には、感謝しております。ですが……私は生きねばなりません。」
「…………。アンタにも、生きて守りたいものが出来た……ってか?」
兵の身体が、微かに震えた。誰かを思い出すその反応に、思わず目を細める。
「そっか。………………でも、悪いねぇ。」
大手裏剣が、兵の脇を掠めて闇を裂いた。
背後にいた将が、声も上げずに倒れ伏す。悲鳴が、弾けた。
「俺も同じ。」
口の端を吊り上げ、笑う。
兵の表情が恐怖に染まり行くのを眺めながら、腕に絡ませた鎖を引いた。
「なんだ、旦那か。」
振り返ると、紅く染まった部屋に、呆然と佇む主の姿があった。
「あ~あ、見られない内に出ていこうと思ってたんだけどな。」
否。去ろうと思えば、直ぐにでも消えられた。主の気配を、感じた時に。
自分は、見て欲しかったのだろう。見て、己を憎んで欲しかったのだろう。
「さ……すけ……?お前が……やった……のか?」
「当然。見れば分かるだろ?」
「何故……何故……」
「数が減れば、戦には不利。指示を出す位の人間も消しておけば、尚更だから。」
淡々と告げ、項垂れる主をのぞき込んだ。
「このような……こんな……」
「酷いって?今頃気付いた?」
そう。だから――
主はやおら、顔を上げた。
「………いかないでくれ。」
期待した、怒りや、憎しみの言葉は聞けなかった。
その頬にあるのは、どうしても見たくなかったもの。
幾筋も伝うそれに触れようともせず、掠れる声を絞り出し、此方を見上げている。
「お前は、言ってくれた……護ると、傍に居ると。もう……良い……。
護らなくても良い、何をせずとも良い。ただ、傍に……」
――傍に
「旦那ぁ……」
大きく一つ、溜息をつく。
ともすれば零れそうなものをなんとか押さえ込み、言葉を続けた。
「旦那は優しいからどうだか知らないけどさぁ……
……今、俺がアンタのこと、好きだと思う?」
信じるだの信じないだの。好きだの嫌いだの。
そんな言葉で表せるほどの思いなら、どれ程簡単なことだろう。
「憎んでくれて構わないよ。」
そして、部屋を後にした。
将は眉根を寄せ、此方を見やる。
「真田の首は無い……と申すか?」
「こっちにもいろいろ事情があってさぁ。まぁ、これで勘弁してくださいよ。」
いくつかの包みを、ごろりと転がした。
不思議そうに見ていた配下の兵達が、その中身に気付いて小さく悲鳴を上げた。
「あ~、重かったぁ。あ、顔見て分からなきゃ、どれが誰か説明しましょうか?」
肩をならしながら目を向ける。
「いや、良い。」
将は「其奴等」を眺めて、愉快そうに笑った。此方に視線を戻し、静かに言う。
「真田の忍よ。褒美に一つ、貴様に大きな仕事をくれてやろう。」
戦況は明らかに有利だった。
逃げ場の残されていない「敵方」は、もはや闇雲に突撃するほか無い。
ろくな策もないまま戦場に身を躍らせ、討ち取られていった。
懸念されていた真田隊も、その兵力を大きく削がれ、思うように動きがとれない。
そしてもう一つ、この戦には早々に片が付く理由があった。
「弔い合戦」という、士気を高める名目が。
「誰を弔うんだっつう話だよ。」
頬杖をつき、呟く。戦が始まって数日目のこと、「味方」の総大将が突然の死を遂げた。
病によるものということになってはいるが、己は嫌と言うほど真実を知っている。
――この手で、殺めたのだから。
己を雇うた将に命ぜられ、一昨日の晩に寝室で縊った。
偽りで隠すほど、人はそれを勘ぐるもの。「敵方」の暗殺だという噂は、直ぐに広まった。
噂はこの軍の者達を、「兵力に任せて敵を押し潰す、人間味に欠けた者」から
「主の敵を討つ忠臣」へと変えた。何かの枷が外れたように、武田から寝返る者も増えた。
士気を高め、人心を惹き付け、総大将の地位も手に入れる。
己を雇うた将の、その策謀には感歎したが、
自分の主には生涯使いこなせそうもない策だと思った。
戦に終わりが見えた頃。
己に命ぜられた任は、案の定、真田隊を潰せと言うものだった。
「引きつけるだけでも良い。お前が名乗りを上げれば、真田は必ず、其処へ向かう。」
「名乗りをって……あの。俺、忍なんですけど。」
「己の名を散々利用してきた身で、今更顔を知られては困るなどと言い出すのか?」
「いや……まぁ……。……あ~あ。結局、アンタも忍扱いしてくれない訳ね。」
自嘲的に呟き、視線を外す。「主」はまた、愉快そうに笑んだ。
――そして戦場に、あの鮮やかな紅を、見つけた。
やはり、此処へ来た。
「主」の、自分の、読んだとおりだ。
見つけたら、引きつけて、決して離さない。
他へ向かう暇など、与えない。
その間にきっと、戦には片が付く。
たったひとりの、己が主を、生かしたまま。
「幸村様!」
主に付き添っていた従者の刃が、舞行く大手裏剣を弾いた。
するりと手に収め、主を見据える。
戦場に立った時だけ見せる、獣の目。
しかしそれは、此方の姿を認めるなり見開かれ、そして直ぐに細められる。
嗚呼、この人は未だ――
「貴様……っ!」
刃を構える従者を、手を差し出して諫める。
そして主は、ここは自分が止めると、軍を率いて先に行くようにと告げた。
無論兵達は拒んだが、諭すように願えば、渋々頷き離れていった。
それで良い。思い描いたとおりだ。
その身には、既に幾重もの傷跡が刻まれていた。
足取りさえも覚束無かったが、自分に向き直り二槍を構えると、
禍々しくも惹き付けて放さぬ、あの紅蓮の風が吹いた。
「じゃ、手合わせ願いますぜ、旦那?」
幾度目かの斬撃の後、此方に僅かな隙が生まれた。
主の目に、一瞬獲物を捕らえる時の光が戻る。
左の槍を突き出せば、間違いなく心の臓を貫いたろう。
だが、それは寸手で阻まれるように止まった。
堪えるような微かな呻きが、耳に届く。躊躇している暇など、与えてはならない。
間髪入れず繰り出す刃を、主は身を捻って交わし、距離を取った。
「流石。一筋縄じゃいかないってか。」
主は荒い呼吸を繰り返し、槍を握りなおす。
「そうこなくっちゃぁ……。」
刃を構え、互いに走り出す。
呼吸を止め、相手の目を見ぬように――
もう少し。あと少し、この場に居て貰わねば。
間もなく鬨の声が聞こえよう。「味方」の勝利を告げて。
それまで持てば、敵と見なされようと、憎まれようと、身を貫かれようと構わない。
どうか、あともう少しだけ、此処に。自分の傍に。
「……っ!」
反射的に刃を引いた。胸に蹴りを入れ、反動で大きく飛び退る。
主はまともにそれを受け、地に伏した。
「何…………考えてんだよ。」
主は答えない。荒い呼吸と共に、声が勝手に溢れ出た。
「死のうとか、思ってんの?」
「………思って居らぬ。」
「だったらなんで………」
おそらく再び刃が組み合うことになるだろう。そう思って繰り出した。
しかし主は、二槍を直前でだらりと下げたのだ。
刃を引かねば、間違いなく、そのまま主の身に沈んでいたろう。
「佐助……」
通らぬと知りながら、駄々をこねる子供のように、顔を歪めて。
主はゆっくり身を起こし、地にへたり込んだまま、此方を見上げた。
「佐助……。…………すまぬ。」
身の内にある全てが、ぞくりと沸き立つような心地がした。
呆れを表そうと付いた溜息は、自分でも驚くほどに掠れて。
「は?何、言っちゃってんの?アンタ、戦場で敵殺める度にいちいち謝ってんのかよ。」
「そうでは…………ない」
微かに目を伏せた後、再び縋るような目で見上げてくる。
「お前が……お前が去ったのは、俺の未熟さ故。戦国の世において、
信頼に足らぬ者へ従うは死を意味する。全ては…………詮無きことだ。」
「………おやまぁ、聞き分けの良いことで。旦那も大人になったねぇ。」
違う。自分の生死など、どうでも良いのだ。
思うのは――
「だから……」
上擦った、声。頼むから、それ以上言わないで欲しいと思った。
「だから、もう、引き留めたりせぬ。共に在れなどと……言えた身ではない。
認めた主の元で、生きてくれるのならば、それで良い………。……ただ」
ただ、思うのは――
「俺が……お前を思うことは……。
俺の傍にいた時のように……笑うていて欲しいと……願うことは……」
あまりに身勝手な、この身を――
「どうか………許せ」
返そうと、思った。皮肉を。嘲笑を。
だが、何の言葉も出てきてはくれず、黙ってそこに立ち尽くしていた。
主が、地に手をつき、ゆっくりと立ち上がる。
応じなければ。刃を構え、斬りかからねば。
悟られてはいけない。何も。そう思うのに、身体が動かない。
主は、一歩一歩と近づき、手を伸ばした。目を逸らすことも、離れることも出来なかった。
「佐助……俺は………」
その時、微かな音が、聞こえた。
本来ならば、聞こえることすらないだろう。だが、それは、あまりに耳慣れた音。
――刃が、肉を裂く音だった。
主の身体が、ぐらりと傾いだ。そのまま、地面に倒れ伏す。
「旦那………?」
その背に突立つ物を見て、呆けた顔で呟いた。
主は、答えない。俯せになって、顔も見えなかった。
「不憫な男だ。」
声がした方に、目を向ける。
「味方」総てを率いる立場となった、あの将が、笑みを浮かべながら立っていた。
手にしているのは、およそ戦場には相応しくない、狩りに用いる大層仕立ての良い弓だ。
将はゆったりとした足取りで近付き、地に伏した主を見下ろした。
憐れみを感じながら満足している、とらえた「獲物」に対する顔をして。
「仕えるべき家を無くし、部下を無くし、挙げ句己すら失うたか。
誠、戦とは虚しいものよ。」
将は、弓を地に放った。鏃が突き通ったのか、主の胸の下に溜まりが広がっていく。
視線を移すと、将はまた満足そうに笑んだ。
「総大将が何故此処にいる、とでも言いたげな顔だな。……我が軍の部下は優秀だ。
方向さえ定めてやれば、後は勝手に進む。遮る物を壊してな。
だから私は、最後の始末だけ付けに来たのだ。」
そしてすらりと、刃を抜いた。足下の主を、見下ろしたまま。
己の思惑も、悟られてはいけないということも、全てが脳裏から消えた。
主に向かう刃を阻もうと、足を踏み出す。
将の手が、それを待ち兼ねたように、翻った。
刃が突き立ったのは主が首ではなく、己の腹であった。
金属の冷たさを、微かに感じた。
次の瞬間、灼けるような熱さが込み上げてくる。
立っていることが出来ず、地を転げながら、なんとか己の腹を見やった。
腹から足の付け根。抉られた其処から、紅色が零れていく。
「すまんな。皆が、元総大将殿の敵を討ちたいと息巻いている。
お前には、居なくなって貰うほか無いのだ。」
嗚呼、成る程。口封じという訳か。確かに、総てを率いる立場にあるこの将に、
施してきた策を知る自分ほど、危うい物は無い。
将は爪先で仰向けにさせた後、刃を逆手に持ち替え、肩に突き立てた。
声が、勝手に口から溢れていく。
「お前は、賢明な判断力を持ち、仕事も早かった。惜しい、実に惜しい。
真田が彼程固執するのも頷けるわ。」
――そのまま消されるも良いと、思っていたろう。傍に、誰もいなければ。
「真田の名も惜しくはあるがな。お前と言葉を交わした以上、
此処で此の状況を見た以上、事の次第に気付いたとも限らぬ。
悪いがお前の望み………真田を私の下に置くことは、出来そうもない。」
刃を無理矢理振り解き、身を起こす。
今、此処で己が果てれば、次にこの男が何をするかは目に見えている。
――守らなければ。
苦無に手を掛けようとして、蹴倒された。
傷を踏みつけられ、動くことがままならない。
意識を手放してはならぬと思うのに、音が、遠のいていく。
刃がこの身に届く直前まで、ただ、醜く足掻き続けていた。
視界に、紅が舞った。
しかし、刃は、己に届いていなかった。
間に塞がった、主の身体に、阻まれて。
主は将を見据えたまま、後手をついていた。
もう片方の手は、小刻みに震えながら刃そのものを握っている。
だがそれは、主の首から胸にかけて深く食い込んでいた。
首から、胸から、掌から。
大切な、何を賭しても守りたかったものが、流れ落ちていく。
主はさらに刃を強く握り、獣の声で吼え、立ち上がった。
呆気にとられる将の手から刃を奪い取り、握り替えようともせず、横様に振るった。
将は最後に、声を上げることすら出来なかった。
這いずって、主に近付く。
その口とも喉とも付かぬ場所から、風の漏れるような音がしていた。
両腕を伸ばし、強く抱え込む。
「なんで………なんでこんな…………」
主が、此方を見た。
笑んでいるようで、泣き出しそうで、どこか、嬉しそうだった。
「なんで……なんでだよ………旦那ぁ……旦那……」
主の手が、そと、頬をなぞる。
「さ………す…」
それは、声とは呼べぬほど、掠れたものだった。
何か言いたげにしているが、聞き取ることが出来ない。
引き寄せて、口元に耳を近づけた。
「……そ………に………」
瞳が、色を失った。
力を失った手が、胸の上に、落ちる。
反動を受けてか、その懐から転がり出た物があった。
それは、小指の先程の小さな鈴。
転がっていくそれからは、何の音もしなかった。
地に座り込んだまま、その身を抱えて。
ただ、呼び続けた。
幾度も、幾度も口にした、大切な、その呼び名を。
――
――………。
「…………。」
「…………。」
「…………っ?」
「おぉ。漸く目が覚め……」
「のわぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
「っ!!!!!!!!!!!んな……な……何事だ。」
「あ?あ?……あ……え?」
きょときょとと周囲を見渡す。見慣れた天井、見慣れた床。
珍しい物と言えば精々、ぽかんとした主の姿くらいなものだ。
相当驚いたのか、へたり込んだまま目をしぱしぱさせている。
そこまで確認して、生まれてこの方無いほど寝惚けまくっていた頭が、
漸く普段の回転速度を取り戻し始めた。
「御免……何でもナイデス……。」
「なんでも無いわけなかろう。あんな百面相をしながら眠っている等初めて見たぞ。」
「悪かったね……」
「長。」
天井裏から、小さな声がした。部下の忍だ。
「何かございましたか?」
「………あ~、大丈夫。何でもない。起こして御免。」
先程の自分の声に反応したのだろう。部下の気配は、直ぐさま遠ざかっていく。
果てしなく、気まずい。出来ることなら、今すぐ消し飛んでしまいたい。
なんだかいろいろ、おこがましいにも程がある。自分の思考回路を粉砕してしまいたい。
主はじぃっと此方を見ているが、目も合わせられない。
早々に立ち去って欲しいものだが、どうやら興味を持たれてしまったようだった。
「お前が俺に気付きもせず熟睡とは………何か、余程怖い夢でもみたのか?」
「うん……まぁ……そんなとこ。」
「何の夢だ?幽霊か?狐か?狸か?もしや、河童か!蛇女か!砂掛婆か!子泣爺か!」
「そんな妖怪大戦争じゃ……。」
「よもや………妖怪芋洗いではなかろうな?」
「違うっての。あ~も~この話は終わり!」
尚も食い下がる主を振り払うべく、立ち上がって自分の顔を軽くはたく。
眠気がすっかり覚めてみれば、周囲の状況がよく見えてきた。
此処は、主の部屋でも、普段仮眠を取っている忍小屋でもない。
少人数で評定をする際に用いられるが、普段はあまり使用しない部屋だ。
部屋の隅には、やたらと着物が積まれている。皆、主が穴を開けたものだ。
繕い物をしている最中に夜になり、居眠りをしてしまったのだろう。
我ながら、あまりの所帯臭さに泣けてくる。
「大体旦那、自分の部屋で寝てたんでしょ?なんでこんなトコにいんの。」
「厠に起きたのだ。」
「だったら早く行って、部屋に戻りなよ。」
「なんだその言い方は。たまたま通り道だからとこの部屋に寄ってみれば、
お前が魘されて居るから心配してやったと言うに。」
「嘘付け。明らかに遠回りだろ。…………はは~ん、さては……」
腕組みして目をやれば、主はびくりと身体を震わせる。
「また怪談でも聞かされたんだろ。」
「うっ………。…………さ、佐助……」
「嫌だよ。」
「………。は、薄情なことを申すな!」
「嫌だよ!アンタいくつだよ!夜中に一人で厠にも行けない武将なんて
情けないと思わないの?」
「思わぬ!」
「開き直りやがった……」
主は何やら必死に袖を引っ張ってくる。
「佐助は、俺が妖怪芋洗いに襲われても良いというのか!?」
「いないよそんなもん!つか、何だよ妖怪芋洗いって!芋洗ってくれんの?良い奴じゃん。」
「そんな生やさしい輩ではないのだ!佐助ぇぇぇぇ~……」
挙げ句、首にしがみついてくる。こうなると引き離すのは至難の業だ。
子供の頃ならいざ知らず、力は圧倒的に上なのだから。
「………………。…………はいはい、行きゃあいいんでしょ。行きゃあ。」
「流石は佐助♪忍の中の忍よ!」
主はころりと表情を変え、満足げに笑った。
しかし、相変わらず腕は回したまま。逃がしてくれる気はないらしい。
深々と溜息をつく己と裏腹に、主はころころと笑った。
「傍に居れよ、佐助!」
――傍に
「………。」
何を思うでもなく、腕を伸ばした。素っ頓狂な声が上がるが、聞こえないふりをする。
「ほ、本当に如何したのだ佐助?」
「別に………どうもしないんだけど……」
懐で、何かが転がる心地がした。それは、いつも感じている、慣れた感触。
小指の先程の、小さな、何かの。
「ちょっとだけ……こうしててイイ?」
主は目を見張ったが、やがてぎこちなく頷いた。
「だが佐助。厠がその………殊の外、切羽詰まって居るのだが。」
「あ~……そうだね。さっさと行こうか。」
――そんな夢オチ。
Powered by "Samurai Factory"